第16話 互いの考え

「どうです?」


 青い鎧の青年が王様に尋ねる。



「ふむ……」


 これはショック性の記憶喪失だな――カルターはそう確信した。

 多くの戦場で、魔族領で、こういった症状になる兵士は決して少なくはなかった。


 ――見たところ、身長は175センチ。黒い髪に黒い目……東方の上か下か。服はカルネス森林同盟の物に似ているが、どう見ても軍服ではないか。筋肉はそこそこあるが、戦闘で付いたものではないな。


 そして檻を見る。

 魔族に捕らえられた人間が食料として、または玩具おもちゃとしてなぶりモノにされる例もまた、決して少ないわけではない。

 見たところ水や食料が与えられた形跡もない。


 仲間が決して来ないであろう魔王の本拠地で、孤立し慰み者になる。

 それがどれほど精神的な負荷を与えたのか。


 ――魔族どもめ、卑劣な真似を……。


 それにしてもと、リッツェルネールを見る。


 ――あいつもそう思っているのだろうな。だから助け舟を出した。博愛主義の奴らしい。


「檻を上げてやれ!」


 カルターは部下たちにそう命じた。





「ヨイッショォォォ!」


 檻は6人がかりでようやく落ちあがり、ガシャンと耳障りな音を立てて横に落とされる。

 その間、相和義輝あいわよしきは頭を抱えて小さくうずくまっていた。


 その様子を見ながらリッツェルネールは思う――これは記憶操作だなと。

 情報を聞き出したら即殺す――それは下の下策だ。

 真偽を確かめなければならないし、真実だったら更に先、その情報の枝葉まで聞き尽くす。

 そうして相手よりもこちらの情報が上回った時点で処分すればいいのだ。


 だが、こちらが知った情報を誰かに別の人間に知られてしまったら、それはもう意味を失う。相手からすれば、何を知って何を知らないか――それ自体が大きな武器になるからだ。

 だから利用価値があるうちは記憶操作をして、一部の記憶を封じるのだ。

 コンセシール商国に属する彼にとっては常識であった。


 それに彼は認識票の裏を読んだ。

 表には大した情報は無い。誕生日や血族――いわゆる一族の等級と人数、それに肩書程度であり、共通語で描かれたそれは、誰にでも読む事が出来る。


 だが裏はコンセシール商国の文字だ。こちらは商国関係者か、それなりの勉強をしないと読むことが出来ない。しかも彼の目はその下まで……暗号化された、一見するとただの模様。だがそこまで読んでいたように見えた。

 その辺りが魔族に捕まっていた理由であろうか……。


 それにしても冷静過ぎる。

 普通ならもっとパニックを起こし、こちらの質問など遮って当然聞いてしかるべきことを聞いてくる。

 リッツェルネールはここまで自然な形での記憶封鎖を見たことが無かった。


 ――だが、こう云ったものは元々が魔族の技術だ。魔法魔術は魔族の範疇はんちゅう、ここに上手が居たとしてもおかしくはないな。


 そしてカルターを見る。


 ――色々聞いてみたが、この状態で役に立つ人間ではない。これから安全に戻れるという保証もないのに、足手まといを確保する理由は一つ。いざという時の囮……そして餌。正直、その位しか役には立たないだろうが、殺すために、生かして連れて行くというのも皮肉なものだ。


 自分にはまだそこまでは割り切れない――そう考えていた。





 さようなら檻。こんにちは自由。

 これでようやく体を伸ばせる!

 そう思い立ち上がるが、すぐに立ち眩みが起きて再びへたり込んでしまう。


「あらあら、もう少し安静にしていないとだめでよぉ~」


 そうだ、後ろから聞こえてきた声!

 急いで振り向いた先には、先ほどのビア樽……いや、魔法を使っていた女性だ。


 改めて見ると、やはりすごい迫力だ。こちらを上から覗き込んでいる姿勢なので、どうしても恐怖を感じる。熊とかに出会ったら、こんな感じを受けるのだろうか。しかも首に掛けられた、黒い髑髏ドクロの首飾りが更なる威圧感を醸し出す。

 だが、何よりも目を惹いたのはその髪。

 肩までかかる緩くカールしたそれは、鮮やかな緑色をしていた。


「あんまり美人だからって、ジロジロ見るのは失礼ですよ!」


 思わずハァ!? と言いそうになる。


 見ると、亜麻色あまいろの髪の少女が少し怒ったような顔をしてこちらを見ている。

 先ほどの青い鎧を着た青年と同じ鎧だが、左肩の部分が破壊されている。触手がもう少しずれていたら、間違いなく死んでいただろう。

 緋色の大きな瞳に褐色の肌。それに水晶で出来たような、美しい装飾が施された片眼鏡に肩掛けの大きなカバン。

 身長は150センチもない。鎧で分からないが、胸は確実に平らと予想できた。


 どう見てもこちらの方が美少女と思えるが、イヤミを言っているようには見えない。


「うふふ~、わたしは気にしてないわよ」


 男性の視線には慣れている、そういった感じの余裕だった。

 やっぱりあれ、この世界では美人なのか。そもそもいきなり檻の中では別の世界も何もあったものではなかったが、こう見たことも無い人間、装備、価値観に触れると日本じゃないと実感してくる。


「い、いや、髪の色が気になって……」


 慌てて答えると――、


「真実です」


 胸の髑髏ドクロがそう答えた。お前かよ!

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