第15話 死の幻

 再び視線が注目する。ハーイと手を振ってみるが、場の空気は変わらない。ガチャガチャと金属音を立てながら、檻を囲うように兵士達が配置に着き、一斉に槍をこちらに構える。

 またもや絶体絶命だ。状況次第では躊躇なく殺す、そんな空気が漂っている。


 王様は青い鎧の青年と軽く会話をしてから、しゃがむような姿勢でこちらを覗き込んでくる。改めて見ると、かなりの迫力だ。


「事情は粗方聞いた。アイワヨシキ、名前以外は不明か。俺からも幾つか質問しよう。魔王を知っているか?」


 ――魔王、その名前は知らぬわけがない。

 だが、迂闊に答えれば死に直結する。それも本能で判る。どう応えるべきか……。


「知りません」


 判断が付かず、取り得ず嘘をついて誤魔化した。だが――



((  嘘です  ))

( 背後から聞こえてくる女性の冷たい声 )

( その瞬間、今度はよりはっきりと、3か所から金属の刃物のようなものが体に突き立てられる! )

( 自分は叫んでいるのか? 自分でも分からない、声にならない、ただただ激痛のみが掛け巡る )

( 目の前の大男が、立ち上がり唾を吐くのが見えた……… )





「うわああぁぁぁぁぁ、あ、ああ、ああああああああ!」


 思わず叫んでいた。

 慌てて確認するが、体には傷も痛さも残ってはいない。


 今のは何だ!? いや、最初にもあった気がする。確かに自分の体に槍が突き刺さったのを感じた。流れ行く血、痛み、絶望感、全部本物だ。


「フム、少し質問を変えよう。魔族に襲われた経験は?」


 質問を変える……では確かにさっきの質問は行われた。時間が巻き戻ったとかではない。未来視――死の予感。死なない選択……その言葉が思い出される。

 だが、今それを考えている余裕は無い。


「魔族っていうのが何なのかは分かりません。さっきの触手みたいのがそうでしたら、あれだけです。他には見た事もありません」


「真実です」


 背後で確かに女性の声がする。


「ここに入れられる前は何をしていた?」


 思い出す……いや、思い出そうとするが、どうやって入れられたのかは見当もつかない。そもそも自分は、その前は何をしていたのだろう。だがそれすらも闇の中、記憶に存在していない。


「わ、分かりません」


「真実です」


 何とか大丈夫だったようだ。真実――答えられない、本当に知らないなら、確かに分からないという答えも真実だ。この声は嘘発見器のようなものか……。


「ティランド連合……あ、いや、国は分からねえとかだったな。じゃあ魔族に襲われる心当たりは?」


「全くありません」


 やはり背後から聞こえてくるのは「真実です」の言葉。


「役に立たねぇな……」


「スミマセン……」


 それしか言えなかった。どうやら王様と青い鎧の青年は協議に入ったようで、しばらくは暇だろうか。今のうちに後ろを……と思ったが、すぐに青い鎧の青年がやって来た。早いなー。


「さっき確認しようと思ったのだけどね、これは読めるかい?」


 そう言うと、青年は懐から金属の板を取り出す。


「読んでごらん」


 そう言って渡された板は長さ16センチ、幅6センチ、厚さ3ミリほどの薄く小さな金属板だった。見た目より軽い、触れたことも無いような質感の不思議な金属。

 表に幾何学を模したような模様が刻印されており――


「アルドライド商家42-941-10-40-1-74-0。リッツェルネール・アルドライト。第三侵攻軍最高意思決定評議委員長。階位7、ですね」


 くるりとひっくり返す――裏には引っ掻き傷のような刻印。


「金は正義であり、金は忠義であり、金は真実であり…」


「ああ、そっちは良いから。文字が読める事が分かれば十分だよ」


 ひょいと金属板を取り上げる。

 一瞬だが、彼の目の中に危険な光を感じた気がした。


「では次だ」


 ――そう言って今度は腰のポーチから二重円の周囲にひし形を並べたような模様の石を取り出す。

 それは彼の手の中で、その手を覆い隠そうとするように――音もなく、だがボボボと炎のような音が出てもおかしくない勢いで黄色い煙が沸き上がっていた。


「これを持って。ああ、拒否すれば周りの兵士が君を殺すよ。黒い煙が出ても同様だけどね」


 ――いやです。とはさすがに言えない。

 安全であって欲しい。どうか黒い煙だけは出ませんように!

 祈るように受け取るが、幸いにして皮膚に当たっている部分からチョロチョロと黄色い煙が出るだけだった。

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