第14話 王位継承
檻の中で愛想笑い。他にどうしろと言うのだろう。
集まってきた他の人間も興味津々だ。口々にいろいろな事を言いながら覗き込んでいる。まるで動物園の動物になった気分だ。
意識せず手を振ってみる。だが反応は厳しい。
もう本当にどうしろと? という状態だ。
流れのままに身を任せていると、青い鎧の青年が説明を始めてくれた。
……とりあえず、状況は説明しておかないといけないだろう。
そう、リッツェルネールは考えていた。これは義務のようなものだ。
「僕たちが見つけた時は、既にこの状況でした。ええと、陛下の方はいかが状況でしょうか?」
「正式な即位までは今まで通りで良い。俺もさっきなったばかりだ」
そう言いながら、カルターは懐から一つのメダルを取り出す。それには鎧と同じ牛の頭骨が彫刻されており、彼の手の中で強く光り輝いている。
「これはまた、参ったね」
リッツェルネールは小さく呟いた。王位継承が嘘だと疑った訳ではないが、改めて見ると現実を実感する。
それはティランド連合王国軍の王族が持つ、王位継承資格を現すメダルだ。
普段はただのメダルだが、王権を持つ者が所有した時だけその光を放つ。仕組みは解らないが、昔から伝わる品だそうだ。カルターとは昔馴染みであり、そういった事はよく聞いたものだ。
しかし困ったものだ……。
彼が所属するアルドライド商家は、もっと継承順位の高い王族に投資していた。
まさか継承権17位。それも正確に言うなら、この第八次魔族領遠征が始まった時には継承権32位だった男が国王なるとは思わなかったのだ。だがそれ以上に……。
「君にだけは、王になって欲しくは無かったけどね」
「ぬかせ! 俺はこれでも優秀なんだよ!」
カルター・ハイン・ノヴェルド、ティランド。
ティランド連合王国の王族であり、継承権は第17位……だった。
気さくな性格と戦闘隊長としての高い実績から、部下達の信頼も厚い。そして、過去三度の戦争を敵味方に分かれ戦った男。
「それとな、こちらも同様だ。見つけたのは檻と骨、他には何もねぇ。行き止まりだ」
「ここはハズレって事か……無駄足だったね、メリオ」
だがメリオは、リッツェルネールの後ろから動こうとはしない。
じーっとカルターを睨めつけている。童顔もあり、少々むくれたような表情が少し子供っぽい。
「嫌われたもんだな。一応は昔馴染みだろう」
カルターは溜息をつきながら大斧を肩に担ぐ。
「そうだよ、メリオ。小さい頃は遊んでもらっていただろう?」
少し場の空気が和やかになりかけるが、メリオの高い声がその空気を再び緊張させる。
「あ、あの、そうでしたら、至急司令部に戻った方が良いのではないですか? こんな最前線にいつまでもいられては、全軍の指揮に係わります」
多少怒った感じのするきつい言葉。だが、それを聞いた二人は少々複雑な表情を滲ませる。
「本陣なんざ、もうねえよ」
カルターの寂し気な言葉。
リッツェルネールとしては、今の状況は最悪だと言わざるを得ない。
前国王、いや前々々々々々々々々々々々々々々々国王は、最も安全な総司令部で他の有力な国王らと共に全軍の指揮を執っていたのである。
だが死んだ。
継承権上位の者もまた、同じく総司令部や後方予備司令部、物資集積所と言った、かなり安全と思われる場所にいたはずだ。
それでも死んだ。
それにより今、カルターは国王となったのである。
元よりここは魔族の地、魔族領だ。人間にとって安全な場所など、最初から一片すら無いのだろう。
「だけど、まだ全軍が崩壊したと決まったわけじゃない。カルターには、戻って纏めてもらわないと困るな」
ティランド連合王国は魔族領侵攻の中核国家、四大国の一つであり、今現在行われている戦いでは総司令官の立場にあった。
この国が機能不全に陥れば侵攻軍全体が崩壊の危機に瀕する。
また一方で、この遠征が失敗となればティランド連合王国はその立場を失い、国家の地位は失墜。最悪連合国家自体が瓦解する可能性もる。
故に、ティランド連合王国は、全ての王族が魔族領への遠征に参加している。
軍事的な才能を見いだせない者は継承権を降格、もしくは剥奪されるという、徹底した軍事政策の賜物であった。
とは言え、継承権が高いほどに司令部近くにいるのが常である。
死んでも引き継げると、死んで良いとは全く別物であったからだ。
ましてや総司令官ともなれば、最も安全な場所で全軍の指揮を取らねばならない立場である。
また一方で、メリオやリッツェルネールからしてもティランド連合王国の崩壊は大問題だ。何と言っても、祖国であるコンセシール商国は現在、この国に従属しているのだから。
カルターが死ねば次の誰かが継ぐのだろうが、それが誰で、今何処にいるのかはわからない。継承権18位以降……場合によっては、この領域に居ないかもしれないのだ。その場合、ここまで来ながらも全軍撤退を余儀なくされる。孤立した自分達に待っているのは、疑いようも無い死であろう。
「そうだな、結局戻るしか手はないか。じゃあその前に、こっちだな」
カルターがじろりと睨んだ先。
そこでは檻に入った貧相な男がにこやかに手を振っていた。
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