第13話 二人の出会い 後編

「きゃあ!」

「メリオ!」


 触手の一本が、小柄な、亜麻色の髪の少女の肩を貫いた。だが幸い砕けたのは鎧だけ。だが金属で出来ているはずのそれはガラスの様に砕け散り、更なる触手が上から彼女と青い鎧の青年に襲い掛かる。


「やめろぉぉぉ!」


 相和義輝あいわよしき思わず叫んだ。だが、触手の動きは止まらない。少女を庇った青年は、上から襲来した触手を転がって躱したかに見えた。だがそれは途中でヒトデのように5本に分裂し、その内の一本が彼の右足を捕らえる。


「クソ!」


 手に持った剣で足に巻き付いた触手を刺すが、それはまるで鋼のようにビクともしない。この硬度にも関わらず、これ程の柔軟性。上位の魔族だ。リッツェルネールは死を覚悟する。


「ドウリャアアァァァァァ!」


 だがその瞬間、耳をつんざくような怒声と共に一人の男が飛び込んでくる。

 筋肉質の、ゴリラのような巨大な体躯。身長は196センチとかなりの上背だ。

 掘りの深い顔は精悍で整っているが、新旧様々な傷跡が走り、どちらかと言えば凶悪な面構えだ。少し癖のある炎の様な真っ赤な長髪に、自信に満ちた青色の瞳。


 全身を赤紫の全身鎧フルプレートで包んでいるが、兜は無い。手にはとても人間が使うようなサイズではない、 柄の長さが2メートル、刃渡り1メートル60センチ、刀身最大幅58センチの両刃斧を持っている。


 その巨大な凶器が振り落とされると、青い鎧の青年に巻き付いていた触手が根元から切断される。体液のようなものは出ない。斬られた触手はすぐに動きを止め、白い骨のような質感に変化していった。


「カルター!」


「リッツェルネールか。お前も大概しぶといな」


 そう言いながら、大男の斧が一閃。巻き込まれた数本の触手が断たれ、ゴトゴトと墜ちていく。

 だが斬られた部分からは新たな触手が生えてくる。状況は何も変わらない。


「おいおい、こいつが魔王じゃないだろうな?」


「魔王がタコでしたなんて言ったら、僕は一生笑ってやるよ」


 ようやく青い鎧の青年と亜麻色の髪の少女も立ち上がるが、周りは既に触手で包まれている。絶対絶命だ。だがそこへ、大男と似た赤紫色の鎧を着た兵士達が飛び込んで来た。


「陛下、ご無事ですか!」

「陛下を御守りしろ!」


 ――陛下? 相和義輝あいわよしきは少し不思議に思う。ここはどう見ても王宮や迎賓館ではない。しかも完全武装し、考えられないような巨大な武器を持って、見た事も無い化け物と戦っている。それは彼が思い描く王様とは、全くかけ離れたものだった。



「廊下も駄目です! 触手がああぁぁ!」


 唯一の出入り口から叫び声がすると共に、真っ赤な飛沫しぶきが爆ぜたのが見える。

 新たに来た兵士達も、触手の前に成す術無しだ。唯一陛下と呼ばれた大男だけが何とか奮戦している状況で、このままではそう長くはもたないだろう。

 幸い檻の中には攻撃してこないが、それは遅かれ早かれの差だと思われる。おそらく、動くものを優先して攻撃しているのだろう。


 来るのが味方とは限らない――そんなことを言われた気がするが、これはもう敵だ味方の状況じゃない。相和義輝あいわよしきは、初めて見る殺戮さつりくの現場にも関わらず、冷静にそんな事を考えていた。


らちがあかん! エンバリ―」


 乱戦の中、それが誰に向けられた言葉なのかは分からない。だが一つ、この戦場に一つの変化が現れた。

 その人――いや、女性は金属板を張り合わせた、ミノムシの様な鎧を着ていた。手に持つのは、王様の得物と比べても引けを取らない巨大槌ウォーハンマー。両の先端が尖っており、見た目は削岩機の様だ。


 身長は170センチか少し低い。バストは140センチを越えそうな程に豊満で、ウエストはそれより少し太いだろうか。ヒップもバストと負けず劣らずの超巨漢。ビア樽……そんな言葉が頭に浮かぶ。


 丸い顔には、細い切れ長の瞳に団子のような鼻。そして大きな口。だが何より目を惹いたのは、その鮮やかな薄緑の髪だった。


 その彼女の手に幾重にも光で作れらた銀の鎖が浮かび、消える。そのたびに彼女の足元から轟々と風が渦を巻き、次第にそれは部屋全体を包み込む。


 余りの強風で目を開けていられない――普通ならそれほどの風だ。だがその時、相和義輝あいわよしきは目を離すことが出来なかった。初めて見た人間の起こす奇跡――魔法。それを目の当たりにし、彼は自分の心が子供の様に湧き立つのを感じていた。



 渦巻く風は意思があるかのように辺りの触手に巻き付くと、それを捻じり切断していく。その様子を一言で現すのなら、『信じられない』という光景だった。

 風が過ぎ去った後、捻じ切られた触手の根元は地面へと戻って行く。それらが全て視界から消えた時、部屋にもまた、ようやく静寂が訪れた。

 助かった……そう考えて良いのだろうか。だが――


「おい、こいつは何だ」


 間髪入れず、王様の青い冷たい瞳がこちらを睨んでいた。

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