第17話 魔王って何?
「あらら~ごめんなさいね。ちゃんと切っていなかったわ」
まあ、あんな嘘発見器を付けて日常会話なんてしたら、大変なことになるだろうが。
「わたしはエンバリ―・キャスタスマイゼン。カルター様付きの魔術師よ。そしてこちらが我々の君主カルター・ハイン・ノヴェルド、ティランド陛下よ」
改めて紹介されたが、正直へ―……としか思えなかった。
何も実感が湧かない。まるで脳の一部が切り取られたかのような違和感が体を包む。
「なんで王様がこんなところにいるんですか?」
とりあえずの素朴な疑問であったが、全員が一斉に溜息をついた。
「はあ、魔王を倒すために領域攻略で戦っている最中だと……」
今一つピンと来なかったが、先ほど見た戦いは本物だ。だが同時に感じる違和感……そう、彼らがあまりにも平然としている事だ。
だが一方で、死体には一瞥もくれない。共に戦った仲間ではないのか? だが、それを聞く勇気が起きない。
それに魔王……魔王か。そもそも――
「魔王って何ですか?」
何気ない一言。だが、周囲の空気が重く澱んだものに変わる。
周囲からはマジかよ、それを忘れられるのかよ、とヒソヒソ聞こえてくる。
「魔王か……一言でいえば悪、この世の禍の元凶だ。この世界の悪い事は全て魔王に繋がっている。」
王様はそう断言した。
「今まで大勢の人が魔王や魔族に苦しめられてきたんだ。病、飢饉、災害。連中のしたことを上げていったらキリが無い!」
「つい最近流行った黒骨病を知らないのか? 何百万人と死んだんだぞ!」
「我々から太陽を奪った大悪党だ! 奴を倒す! それ為だけに、俺たちは生きているんだ!」
「俺の息子は魔族が手を引いたせいで馬車に弾かれて死んだ! 絶対に許すものか!」
「そうだ! 魔王を倒す! 魔族も殺せ! 俺達がやるんだ!」
王様の言葉に一斉に周りの兵士たちも答える。
だが何だろう、その熱気に乗れない。
知識がない、自分は体験していない……他人事だからだろうか。
いや、そうではない。災害や事故、事件の痛ましい報道を見たときの自分はもっと感情が高ぶった気がする。だけど今は目の前の世界が遠い。
それ以上知るな、考えるな、忘れて生きろ、そう頭に鍵が掛かっているような不思議な気分だ。
それに、やはり魔王は悪の存在か……この勝手に翻訳に不具合があるのかと思ったが、やはり言葉通りの意味なんだな。
この世の悪、人類の敵、倒すべき存在。なら、俺の今のこの状況はなんだ?
とても口には出せないが、俺は魔王として呼ばれたらしい。その辺りはしっかりと記憶にある。なのになぜ、檻に入れられて敵である人間に助けられているんだ?
そりゃ勿論、今日からお前は人類の敵だ! さあ戦え! 殺せ! なんて言われたら丁重にお断りだ。元居た世界では無いとは言え、再び生をくれた恩は返す。だがそれは、あくまで別の形でだ。俺に人を殺せるわけがないだろう……。
「まあそんな処だ。他に聞きたいことがあったら今のうちに聞いておけ」
そう言った王様の言葉に甘えて、いくつか聞きたいことを聞いてみる。
「皆さんお若いようですが、大人の人は来ていないんですか?」
自分の質問の意味が解らない、そういった反応の中――
「若いって言われて嬉しかったのって、10歳の頃までですよね」
亜麻色の髪の少女が少し黄昏た。
「大人と言えば皆大人だよ、兵役で来ているのだから、当然成人さ。僕はリッツェルネール・アルドライト。今年で276歳になる。カルター陛下は僕より年上で、確か今311歳だよ」
「他人が生まれた年なんぞよく覚えているもんだ。軍服になっても、商国の人間は商人か」
青い鎧の青年が優しく答え、王様からは突っ込みが入る。
その言葉に、素朴な疑問がわいた。
「つかぬ事を聞きますが、1年は何日でしょうか?」
「411日だね。因みに1か月は40日で、最後の10月だけ51日だよ」
「1日ってどの位なんでしょう?」
「面白い質問だね……そうだね、起きてから寝て、また起きるまでの時間さ」
まるで子供に言い聞かせるように言う。
言葉通りなのだろうか? いや、嘘をつく理由が思い浮かばない。自転が極端に早いとかでは無い限り、彼らは言葉通りの大人であり、自分より遥かに年上の存在であった。
――寿命とかどうなっているんだろう?
だが質問は出来ない。また言葉に出来なかったからだ。
何だか気持ちが悪い……。
「他にはあるか?」
王様が言うが、沢山あり過ぎて困る。しかも頭の中で整理してからでないと危険でしゃべれない。どれを聞こう、そんな事を考えていると、不意に地面がぐらりと揺れる。
先ほどの触手!? ではない、もっと激しい揺れ――地震!?
壁に、床に、激しい揺れと共に亀裂が走る。このままでは――そう思った瞬間、不意に体が浮き上がった。避けた地面、足元に空いた穴……自分は、いや、周りの人間も、その穴へと吸い込まれていった。
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