第11話 二人の出会い 前編

 ここに入れられて、もうどの位経ったのだろう。

 畳一畳たたみいちじょうほど、立つことも体を伸ばすこともできない窮屈な檻の中。

 人間は水が無いと3日で死ぬとか聞いたことがあるが、そんな日数はとうに過ぎている気がする。


 飢えとかわきで意識が遠のく――そしてふと気が付くと、微妙に飢えとかわきが収まっている。

 そんな、ギリギリのところで何かに生かされている――そんな奇妙な状態だった。

 そもそも自分はなんでここにいるんだっけ……頭が働かない。


 遠くで何か、音が聞こえる。


「生存―――違い――い――?」

「僕―――が聞―――るかい?」

「取―――檻――げるか?」

「まだ人間――信でき――――あ――せんよ、気――てー」


 なんだろう……誰かが呼んでいるのか?


「どうして――な場所――るんだい? 名前――」


 場所……名前……どうして……ああ、そうだ…………。


 ”俺は魔王として呼ばれたんだ”


( 刹那、全身に金属が突き刺さる感覚、激痛! )

( 焼けるような、裂けるような、そんな凄まじい感覚が全身を貫く )

(( 人間じゃ――ったのか ))

(( い――――魔族――係者に――違いな――と ))

( 微かに聞こえる声の中、苦痛と絶望が意識を黒く消してゆく……… )



 突如意識が覚醒する――!


 なんだこの状態は!? 相変わらず窮屈きゅうくつおり窮屈きゅうくつな姿勢。

 辺りは最初に覚醒した時と全く変わらない。だが大きな違い……目の前には青い中世的な甲冑を着た兵士達が立っている。それ自体も異常事態だが、その姿に確かな違和感を覚える。

 まるで水を張ったように、滑らかで鮮やかな青の鎧。襟や肩から見える装甲は数センチはある。到底、人間が着て歩けるような代物ではない。それに武器も少し大きい気がする。

 剣と魔法の世界――そんな奇妙なイメージが頭の中に浮かぶ。


「君は、随分と面白い状況だね」


 目の前にいる、薄い栗色の髪に緋色の目をした青年が、微笑みながらそう言った。

 年は若い……少年? 16歳から17歳位だろうか。褐色の肌で、線の細い美少年といった外見。しかし少年とは言えない、青年と言って良い風格を纏っている。

 だが鎧の下からわずかに見えるシャツ、それにズボンの赤黒いシミは、嫌な予感を湧き立たせるのに十分であった。


「あ、あの……」


 鉄格子てつごうしを掴み、状況をたずねようとしたこちらを、手だけで制止する。

 無言……だがその迫力は、一瞬こちらの動きを止めるほどだ。


「先に質問させてもらうよ。君の名前と所属国家だ。先ずそこから聞かないとね」


 向こうは自由。こちらは檻の中。立場を考えれば、相手に従った方が良いだろう。


「ええと、名前は相和義輝あいわよしきです」


「アイワヨシキか……結構。では所属国家は?」


 国か……。本能が告げている、ここは自分がいた世界ではない。嗅いだことも無い空気の香り、見た事も無い人間。聞き覚えの無い発音、だが理解する言葉。俺が狂ってしまったのでない限り、これは紛れもない現実だ。自分の国を告げる事に何か意味があるのだろうか……。


 とは言え、答えなければいけない空気は変わらない。取り合えず返答しておこう。知らない国だと言われたら、それはそれで良いだろう。

 だがしかし――言葉が出ない。形は解る。思い出もある。だが、それを言えない。口から出ない。

 溢れ出る焦燥感。急に全身が冷たく感じる。体が震える。大切な、失ってはいけないものを失ってしまった……そんな恐怖が身を包む。


「どうしたんだい? 名前が言えるなら国も言えるだろう? 君はどこの国に所属して、何のためにここに来て、どうしてそんな事になっているんだい?」


 畳みかけられる質問。だが答えられない。言葉が出ない……。


「わ、わかり……ません…………」


 知らず知らずの内に、涙があふれていた。



 リッツェルネールは、そんな彼の様子を見ながら、商人らしく値踏みしていた。

 こんな魔族の巣の中に一人残された男。ここに来るまでに、同様の部屋はいくつもあった。だがどれも空、そして檻だけ、それに檻と人骨のセット。何かの実験場か、捕虜を入れる施設だろうか。

 檻は鎖で上下させるタイプで、下は空いている。虫取り網を思わせる形状だ。だが肝心の檻を引き上げるウインチのようなものは無い。中に入れた人間を、もはや動かすつもりはないと言う事だろう。

 果たして何処の誰で、何のためか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る