第7話 屍を越えて進むのみ

「それは喜ばしい事だね」


 リッツェルネールは、あまり感情を出さす淡々と答えながら状況を整理する。

 自分達商国軍よりも先に、ここには各国多数の兵員が進行していた。その数は、おおよそ2万人。

 だが発見したのは自分達の部隊。功績に沸くより、溜息が先に漏れる。

 これではとてもじゃないが、楽観視など出来ない。先行隊を全滅させた石獣はすべて倒しきったのか? それとも、どこかに潜んでいるだけなのか……?


「発見したのは何処の部隊だ? それと現在の状況を」


「少々お待ちください……ええと……」


 通信機の脇に付いたモニターに暗号のような文字が浮かび上がる。

 実際には通信機どころではなく、通信だけでなく、データのやり取り、記録、分析、情報処理。様々な検査キットを兼ねたコンピューターのような代物だ。

 ただそれを扱うには特別な才能と、機械ごとに設定された暗号を読み取るための眼鏡が必要になる。

 ある意味に不便だが、そうそう中の情報を閲覧されない点は便利でもあった。


 そこには今、各部隊から山のように通信が入っている。

 リアルタイムな通信ではなく、全てメール形式だ。どうしてもタイムラグが生じるが、それは仕方が無いだろう。

 どれも重要な報告だが、今はそれを全て読んでいる余裕はない。頭をフル回転させ、司令官に伝えるべき最小限を割り出す。


「1番隊、2番隊ともに全滅です。生存者無し。3番隊は分岐を発見し、現在も奮戦中。5番隊も向かっています」


 領域戦は、互いの数を擦り減らすように進行する。先行した部隊の壊滅は覚悟の上だ。

 やはりという感情と共に、まだ2部隊しか壊滅していない事に安堵する。

 分岐を派遣したら、以後は交互に別れて進む手はずだ。3番隊が進行し5番が続くと言う事は、予定通り4番隊が分岐の片方に進んだと言う事だろう。そしてその後には、自分達6番隊が続くことになる。


「4番隊ミックマインセが更なる分岐を発見。コンシュールを臨時分隊として進行……」


「ミックマインセか……」


 確か4番隊の隊長はヘヴィードだった。変わったという事は戦死したのだろう。

 一方ミックマインセは三大商家ほどではないが、その下にある七商家の一つ、実働軍を統括するマインハーゼン商家に属するものだ。

 引継ぎの順番を考えればかなりの上位。おそらく、戦力はかなり残っていると考えられる。だがそうであれば、少々妙だ。

 4番隊が健在であれば、先ず6番隊――つまり我々と合流し、互いの戦力や状況を確認。場合によっては再編成をして分岐する予定であった。勝手に事後承諾で当初の作戦を変更するなど、普通は有り得ない。

 だが戦場に普通は無い。ましてやここは魔族領だ。


「なぜミックマインセは、我々の到着を待たなかった?」


「連絡はありません」


(後で確認するしかないな……)


 どちらにせよ、本人や4番隊に属しているものに聞かなければ意味は無いだろう。

 それよりも――、


「コンシュール分隊が山中への入り口を発見。人間が突入できるサイズの坑道です」


「分かった。今はそれが最優先だろうね。司令部に侵入口発見の連絡を。それと、後続の部隊は全てそこを目指すように」


「了解しました」


 メリオの連絡が終わるのを待って、全員出発する。

 しかし、通信確認中に7番隊が追いついてこなかった事が一抹の不安となって小さな棘の様に引っかかっていた。





 ◇     ◇     ◇





 泥のようになった血の川を進み、日も暮れようとする頃には報告通りに天井のある山への入り口に到達する。

 だが、途中で壁から沸いた小型の石獣との戦いが2度あり、人数は14人と半減していた。


 入り口は山の中腹よりわずかに上程度。

 壁に入った亀裂のようにしか見えなかったが、その奥の空洞にわずかに風が入ってゆく。


「当たりだな、侵入口に間違いないだろう」


 少し窮屈だが鎧を着用したまま通れる亀裂。

 付近には目印であるかのように、刃渡り20センチ程の高価そうな2本の短刀が打ち込んである。


「メリオ、照合を」


「コンシュール・フォーヴォノス分隊所属、マリッカ・アンドルスフの品です」


 通信機の情報に目を通しながらメリオが報告をすると――、


「おー、アンドルスフ商家のあの“お嬢様”か」


 追随している兵士の一人が言う。

 アンドルスフ商家はコンセシール商国三大商家の一つ。皆が憧れる大商人の家柄にして、自分達の支配者層だ。

 だが一方で、この“お嬢様”には多少の侮辱が含まれている。

 同じく三大商家のアルドライド商家に属するリッツェルネールとしてはたしなめる立場ではあったのだが、あえて咎めはしなかった。

 むしろ、軽口を叩くだけの気力がある事が逆に頼もしい。

 それに、次に会ったとき彼女を“お嬢様”と呼ぶ者はいないだろう。

 これは、立派な戦果であるのだから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る