第4話 死ぬための命
だが結局、今の状態では夢物語にすぎない。
先ほどから目を通している編成表も、ある意味生者のリストではない。これから死ぬ者のリストだ。その中に自分達も入っている事は、今更考えなくても分かる。
本国は自分達に死んでほしいのだ。口減らしの意味もあるが、複雑な政治の結果でもある。
隣接する大国との長い戦争の歴史の中で、自分達軍部は1回も敗れる事は無かった。
だが繰り返される戦乱による疲弊……最終的に、祖国は遂に降伏の道を選んだ。
それにより生じた軍部の政治の間に生じた深い溝。この遠征を機会に、それを軍人の死体で埋めてしまおうというわけだ。
――賛同するかはともかく……考えは理解できるな。
世の中が見えすぎる。同時に自分自身を客観視しすぎている。普段から注意されてはいるが、この性分はどうにもならない。
「相変わらず、あんまり使命感は無さそうね。一応、領域攻略戦に参加するのは名誉な事よ。人類一丸となって魔王を倒し、魔族を滅ぼす。それが我々人間の悲願であるーでしょう?」
「人類の使命とかには興味は無いよ。僕の頭はいつも祖国の事でいっぱいさ。そう言うメリオはどうなんだい?」
メリオと呼ばれた少女は少し考える仕草をするが、すぐにハッキリと――
「私も興味なし。目的のためにも、早く生きて帰りたいわね」
ニッコリと微笑みながら返答する。前向きで明るい娘だ。
それなりに諦めてはいるが、彼女が生きて帰ると言うのであれば、善処する価値は十分にあるだろう。
「ティランド連合王国と言えば、あちらの駐屯地にカルターやオルコスがいたよ。声をかけようかとも思ったけど、忙しそうだったからね。お互い生きていたらまた会えるだろう」
「うげー、私は嫌だな。あんまり会いたくない」
先ほどとは逆に、毛虫でも見たかの様の露骨に嫌な顔をされる。
「酷いな、昔馴染みじゃないか。メリオも子供の頃はよく遊んでもらっていただろう?」
「その期間よりも戦ってた方が長いんですけど。世間的には宿敵とか仇敵って言うのよ。そういう事は考えないの?」
「僕の事はメリオが一番よく知っているだろう? 宿敵なんて言ったら、いつかまた戦うみたいじゃないか。僕としては、彼等とまた戦う事になるのは御免こうむるよ」
「じゃあもし……彼等が私達の前に立ちふさがったらどうするの? ティランド連合王国の人間よ?」
「潰すさ……それだけだよ。でも最初から宿敵だの仇敵だのなんて考える事は無いさ。利用出来るなら利用する。それが我ら商人というものだろう」
だがそんな彼の言葉は、今一つ方眼鏡の少女には受け入れられない様だ。少しむくれたような表情で、ぼそりと一言呟く。
「あの大国との戦争で、2千万人以上死んだのよ……」
ならその数倍も殺した僕は、彼らにとっては宿敵どころじゃない。何度殺しても足りない仇だろう……そう思うが、それは口には出さなかった。
そんな彼のもとに、緊急の伝令を携え兵士が飛び込んでくる。
ここ魔族領では緊急事態など珍しい事ではない。人間の土地ではない、常識の通じない世界なのだから。だが、今回の連絡は彼ら人類にとって、何よりも重要な内容だった。
「委員長殿、緊急伝達です! 魔王の印を発見、場所は炎と石獣の領域。各国軍は直ちに集結し討伐せよとの事です」
――そうか、発見したか……。
魔族領に侵攻を開始してから、今回が八回目の大遠征となる。
悪夢が体現したかのような魔族との戦いで、これまでに数千万人の命が失われた。だがそれでも、人類は少しずつ魔族領を攻略。そしてようやく、魔族の王、世界の災いの元凶たる魔王の発見に成功したのだ。
――まさか本当に存在しているとはね。伝説も、たまには正しいらしい……。
今まで生を感じさせなかった緋色の瞳に、ようやく強い意志の光が宿る。
魔王――その名を知らぬ者はいない。人類の敵、災いの元凶、この世界の人間なら小さな子供でも知っている常識だ。
だがその存在を知る者はいない。伝説に残る姿や力は多種多様。もし叶うのならば、一度は見てみたい。そして言葉を発するのであれば、なぜこれほどに人類を苦しめるのかを聞いてみたい。
戦いに明け暮れ、命の価値を失いかけた男でも、この誘惑には惹かれるものがあったのだ。
「朝令暮改も甚だしいが、のんびりもしていられないようだね。それで、移動手段は? まさか歩いて行けとは言わないよね」
言いながらもテントを出ると、既に各部隊は忙しく準備を始めている最中だった。
「後方及び領域隣接国から浮遊式輸送板を徴用、それにより運搬するとの事です」
――成る程……中央も乱暴な手を打ったものだ。だが確かに、短期間で兵を集中させるにはそれしかないだろう。しかし、それ程までに急ぐ必要があるのかどうか……。
「いよいよ出陣ですね、委員長殿。哨戒飛行ばかりで
彼より高い長身を軍服で包んだ筋肉質の男。薄い栗色の髪を短く切り揃え、露出した肌には幾筋もの傷跡が見える。いかにも軍人といった風体だ。
「残念だが、場所は炎と石獣の領域だそうだ。カザラットの出番は万に一つもないよ。それにしても、指揮官より先に情報を得ているってのはどうなんだい?」
「俺達も商人ですからね、その辺りは舐めちゃいけません。ご武運をお祈りしています」
そう言って左手で帽子の鍔を触る仕草……彼の国の敬礼を行う。
武運か……だが、実際に生死を分けるのは運なのだとも思う。炎と石獣の領域、そこは人間の知恵や力など及ばない地。生きては抜けられない死地の一つとして知られていた。
「各部隊長に連絡、我々は炎と石獣の領域へ進軍する。足が到着次第すぐに出るぞ。それまでに支度を整えておけ」
見上げる天には、一面に広がる油絵の具の空。この空の向こうにはどんな景色が広がっているのだろうか。リッツェルネールはそんなことを考えていた。
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