第24話 扉の痕(1)
「さっむ!」
新幹線から在来線に乗り継ぎ更に一時間半。ホームに降り立った瞬間、吹き抜けた冷たい風に一花は自分を両手で抱きしめ身震いした。ここは地元より七度ほど気温が低い。
「パーカー持ってきて良かった」
いそいそとリュックから上着を取り出しながら、一花はリクトを仰ぎ見る。
「リクトさんは寒くないですか?」
「鎧が風除けになるから平気だ」
……ちょっと全身甲冑がうらやましくなる。
無人駅を出ると、ミニバンが駐まっているのが見えた。車の横に立っていた男性は甲冑に気づくと会釈する。
「遠いところご足労様いただきありがとうございます、リェクトォクヮーヴォルさん。
リクト担当の異世界行政官である水沢の挨拶に、一花も「お世話になります」と頭を下げる。二十代後半と思しき眼鏡の役人は高そうなスーツをピシッと着こなしていて、言葉遣いは慇懃だがエリートの貫禄を感じる。
「頭に気をつけてください。これ以上車高が高い車を借りられなかったので」
身を縮めて無理矢理後部座席に乗り込むリクトに、水沢が淡々と言う。全身甲冑は幅を取るので一花は助手席だ。
「今日は篁さんもいらっしゃったんですね」
定期連絡の時はリクトと水沢の二人で会うことが多いので、水沢と一花は顔を合わす機会が少ない。
咎めるでもなくただの感想を口にした水沢に、一花は当然ですと頷く。
「わたしはリクトさんの身元引受人ですから」
「リクトさん?」
不思議そうに聞き直されて、答える。
「リェクなんちゃらって長いので、『リクト』さんと呼んでます」
行政官は初めてプハッと白い歯を見せた。
「それはいいですね。私もそう呼びましょう」
いつも長い名前で呼んでいた役人は、あっさり異世界人の愛称を採用した。
民家も疎らな村を通り過ぎ、山道を一時間ほど。
「これ以上は車で進めないので」
山の中腹の駐車場で車を降りて、藪を掻き分け獣道に入る。
デニムとスニーカーの動きやすい服装で来たものの、街育ちの一花は慣れない悪路にすぐ息が上がってしまう。彼女の前方には二人の男性。遮る小枝や雑草を物ともせず、重戦士はずんずん進んでいる。リクトは冒険者だというから、これくらいの山道は楽勝なのかもしれないが……。ネクタイをビシッと締めたスーツ姿で平地と同じ足取りのまま斜面を登っていく水沢は謎すぎる。水分の多い土壌なのに、
暫くすると、切り立った崖が見えてきた。その側面にはなめらかに抉られた真円の穴が。まるでアイスクリームディッシャーでくり抜いたみたいだと、一花は思った。
「あれがトツエルデの扉が開いた場所です。山菜を採りに来た地元の方が偶然見つけたそうです。漂着民や漂着物の情報はありません。すでに政府の調査は終了していて、完全に道が閉じていることが確認されていますので、ご自由にお調べください。私は駐車場で待機していますので」
穴を指差し説明すると、水沢は来た道を戻っていく。
リクトと一花は穴に近づき、その周辺を観察する。
異世界トツエルデと日本が繋がると、扉が閉じた後にもこのような穴の痕跡が残るのだ。サイズは大小様々で、リクトが来た穴は成人男性が立ってくぐれる大きさで、東風野川市の袋小路の壁に開いていた。
今回の穴は比較的小さく、一花が屈んでやっと通れるサイズだ。
「うーん、完全に行き止まりですね」
奥行きが一メートルほどしかない洞窟を覗き込みながら、一花が言う。
「政府が調べ尽くした後なら、新たな発見は期待できないか」
ため息をつきながら、リクトは抉れた穴の縁を手のひらでなぞる。……ここが、元の世界と繋がっていた『道』の
「すまない、一花殿。こんな遠くまで付き合わせてしまって」
顔を向けてくる表情の見えない鉄兜に、一花はううんと首を振る。
「私が来たいって言ったんだから、気にしないで。それよりもっとよく探してみようよ。何かが漂着してるかもしれない」
トツエルデから日本に流れ着いた物を、便宜上『漂着物』という。リクトは『漂着民』だ。穴の周りではたまに地球科学では説明のできない物質が落ちていることがあるという。
どんな小さな欠片でもいい。なにか帰る方法――異世界への扉を開く鍵――が見つかれば……。
祈るような気持ちで、一花とリクトは当て所なく山の中を歩き続けた。
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