第20話 洗濯事情

 篁家の玄関先にあるのは、容量後5kgの縦型洗濯機。

 同居のルールとして、月水金は一花、火木土はリクトが洗濯機を使用し、自分の衣類は自分で洗うことになっている。

 二人分の衣類など大した量ではないので、わざわざ脱衣籠と洗濯の曜日を分けるのは不経済だが……。

 そこには譲れない理由があった。


 ――同居当初。


「リクトさん、わたしの洗濯物を一緒に洗いましたか!?」


 買い物から帰って来た瞬間、血相を変えて部屋に飛び込んできた一花に、リクトはこともなげに頷く。


「うむ、いつも世話になっているのでこのくらいせねばと。なぁに、礼など――」


「――お礼なんて言いません! ああもう!!」


 足音荒く畳を踏み鳴らして全身甲冑の前を通り過ぎた一花は、ベランダに突進し、干してあった洗濯物をまとめて回収する。


「なんで全部外干しするんですか! 見られたくない物だってあるのに。それに、洗う時には色物は分けてないし、干す時には皺も伸ばしてない。洗濯ネットも使ってないから、ワイヤーは曲がるしレースは他の衣類に絡んでほつれるし……」


「ワイヤー? レース?」


「個人的な事情です!!」


 首を傾げる異世界人に女子高生はキレた。


「もう二度と私の洗濯物を洗わないでください!」


「そこまで言われて洗う義理もないが……一花殿は神経質だな」


「リクトさんが無神経なんです!」


 一花はそっぽを向いて、外干しと部屋干しの衣類を分けて洗濯ピンチに挟み直した。



 ――そして、他の日には……。


「一花殿! まさか俺の衣類を洗ったのか!?」


 畳んで部屋の隅に積まれた服の山を見つけ、リクトは驚愕の声を上げた。


「はい。最近リクトさん家を空けることが多くて洗濯物が溜まってたから。そろそろ着る物に困るかと思って」


 リクトは甲冑の下にTシャツや薄手のスウェット等を着ている。すべて衣類はすべて日本に来てから揃えた物なので、当然数も少ない。一花にとって、洗濯は純粋な善意からの行動だったが……。

 畳まれた洗濯物を掴んで兜を埋め、スーハーと深呼吸してから、リクトは顔を上げた。


「やっぱり! ジューナンザイを使ったな!?」


「? ええ。ふわふわでいい匂いでしょ?」


 キョトンと返した一花に、リクトは「なんてことを!」と叫ぶ。


「こんな軟弱な服、着た気がしない。俺はガビガビでゴワゴワな布が好きなんだ! それに、この匂い。鎧の中が花畑になって闘争心が削がれる」


「じゃあ、次に買う柔軟剤は、フローラルじゃなくてウッド系かサボン系に……」


「そういう問題じゃない!」


 リクトはガチャガチャと兜を篭手で掻きむしる。


「もう俺の衣類に構わないでくれ!」


 拒絶されて、一花は頬を膨らます。


「分かりました。頼まれたってリクトさんの洗濯物なんかに触らないから!!」


 ……この後、二人の冷戦状態は数日続いたという。



 そして、現在。


「リクトさん、乾いたシーツをお布団に掛けてください」


「おう」


 日曜日は大物を洗う日。たっぷりの日差しで乾燥したシーツや枕カバー、掛け布団カバーをベランダから取り込んで、寝具にセットしていく。


「はあ、シーツがふんわり気持ちいい」


「爽やかな香りでよく眠れそうだ」


 寝具を撫でる一日に、枕をカバーに詰めながらリクトが同意する。相変わらず甲冑の下に着る衣類には無しだが、リネン類にミントの香りの柔軟剤を使うことは受け入れるようになった。


「明日は雨の予報なので、火曜日に洗濯機を借りていいですか?」


「ああ。洗う時間が被らないのなら、いつ使ってもいいぞ」


 上目遣いにお願いする一花に、リクトは簡単に許可を出す。


 ――共同生活には譲歩と妥協が必要で……それなりに擦り合わせが上手くなっていく二人だった。

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