第19話 重戦士、楽園に降り立つ

 最安値の日用品をショッピングカートに積み込みながら、長い通路を進んでいく。


「必要な物はこれくらいかな。では、レジに向かいましょうか」


 一花が買い物メモを見ながら呟き、方向転換しようとした……刹那。


「はっ!?」


 彼女は、ワゴンにぎっしり詰まった衣料品の山を発見した。


「うそ、無地のTシャツ398円!? こんなんいくらあってもいいじゃん! こっちのフリース上下セットもやっすっ! 今度の宿泊学習に持っていくのに丁度いいかも。ねぇ、リクトさん。ストライプとドット、どっちが可愛いと思います?」


「縞でも点でも着心地は変わらんだろ」


「わー、相談しがいのない!」


 大騒ぎでワゴンの衣類を掘り返す一花。


「リクトさん。わたし、しばらくここで会議してるので、どこかで暇を潰しててください」


 真剣な瞳で見上げてくる少女に、重戦士は首を傾げる。


「会議? 誰と?」


「わたし自身とです!」


「お、おう……」


 ……これは長く掛かりそうだ。

 リクトはフリースを並べてうんうん唸っている一花を置いて歩き出した。

 角を曲がって店内奥まで行くと、自転車が大量に並んだ一角に着いた。


「これが一花殿の欲しい乗り物か。ちと手が出んな」


 いつもの買い物より0が一つ二つ多い値札にため息をつきながら、商品を冷やかす。


「こっちの区画は……読めんな」


 異世界転移『恩恵』の発動しない“DIY”の文字の書かれた看板を眺めつつ進むと――


「こ……これは!?」


 ――重戦士は楽園に辿り着いた。


「このザラザラした紙のような物はか! 細かい目から荒い目まで多様にある。錆落としに最適ではないか。こっちは金属磨き用の布だと!? 研磨剤と保護剤もこんなに種類があるのか。板金ハンマーも欲しい。ドーリーも必要か。なっ、こんな小さな機材で溶接ができるだと? 素晴らしい技術だ。むむ、こっちには革細工の素材売り場が! これでヘタったベルトも交換できるではないか。金具も工具も全部揃っているぞ。これは鎧のメンテナンスが捗るな!」


 リクトは興奮状態で目についた商品を次々ショッピングカートに放り込んでいく。


 ……そして、三十分後。


「お待たせしました、リクトさん。遅くなってごめんなさい」


 ドット柄のフリースセットと数枚のTシャツを手に近づいてきた同居少女に、異世界重戦士は輝く笑顔(※兜)で振り返る。


「気にするな、一花殿。こちらも良き出会いがあったぞ。ほら!」


 大きい体をずらしてリクトが見せた物は……。

 カートからあふれるばかりに入れられた、全身甲冑フルアーマーのメンテナンスセット。


「……」


 その光景に、一花は目も口もまんまるに開けて絶句する。たっぷり五秒の沈黙の後、漸く口を閉じた彼女は、深呼吸してから冷静な瞳で彼を見つめた。


「今、早急に必要な物は買ってあげますから、残りは棚に戻してください」


「……了解、ボス」


 重戦士は家主には逆らえなかった。


◆ ◇ ◆ ◇


 その夜……。


「くふ、くふふっ」


 消灯時間後、手元スタンドの小さな灯りの下で金属を磨く音とリクトの幸せそうな笑い声がカーテン越しに聞こえてきたが……。

 一花は聴こえないふりをした。

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