第13話 悩むほどでもない悩み

「一花、駅まで一緒に帰ろ!」


「いいよ」


「本屋に寄っていい? 今日発売の雑誌があって」


 放課後、一花は莉子りこ静空しずくと行動することが多い。莉子と静空は幼稚園からの幼馴染で、高校から同じ学校になった一花と化学の実験の班が一緒になり、よく話すようになった。


「一花の家って最寄り駅東風野川だっけ? うちら徒歩圏内だから、電車通学憧れる! かっこいい人とか乗ってないの?」


「たった二駅だし、あんまり周り見てないなぁ」


 通学中は、英単語の暗記かタイムセールの効率的な買い回り方ばかり考えてる。

 それに、倹約家な一花が一人暮らしする時に敢えて電車通学の距離に家を選んだのには理由がある。それは……。


「ねぇ、今度一花の家に遊びに行っていい?」


 静空に訊かれて、一花は上目遣いに考えて、


「……ちょっと大きめの鎧兜がいるけど、大丈夫?」


「ヨロイカブト? 五月人形のこと?」


「ううん。もっと西洋風でメタリックな……」


「静空!」


 話の途中で、莉子が幼馴染の袖を引く。


「一花はご両親が亡くなって、親戚と住んでるんだよ」


 こそっと耳打ちする声が聞こえてしまう。


「ごめん、一花。知らなくて」


「ううん、気にしないで」


 謝らなくていいことを謝らせてしまった罪悪感がジクジク疼く。こういう風に気を遣われるのが、一番困る。

 本当は両親の生死は不明だし、親戚は後見人なだけで、一緒に住んでいるのは鎧兜です。……と訂正すると更にややこしくなるので、心に留めておく。


「わたしの部屋狭いから。外でなら遊べるから、今度どっかに出かけよう」


「そうだね」


「来月、観たい映画が始まるから誘うね」


 その後は教師への愚痴や流行りのSNSの話題で盛り上がってから、駅で解散する。

 一人で電車のドア付近に立ち、流れる車窓を見ていると、どんより心が重くなる。

 学校は楽しい。友達は好き。それは本当。

 でも……『学校での一花』と『私生活での一花』を切り離したくて、二駅分距離を取った。

 しかし、それでも時々上手くいかないこともある。


(……私、人生が下手なのかもしれない)


 俯いたまま最寄り駅を降り、アパートまで歩く。オンボロ階段を上って玄関を開けると――


「お、一花殿。おかえり」


 ――篭手をピンクのゴム手袋に付け替えた鎧のリクトがシンクの前に立っていた。


「どうだ、綺麗になっただろう。窓も開いているのか閉まっているのか区別がつかないほどの透明度まで磨き上げたぞ!」


 兜を被っていても判るドヤ顔でふんぞり返る重戦士に、自然と笑みが零れる。


「ただいま、リクトさん。すっごい綺麗! ありがとう」


 『全身甲冑の異世界人』なんて非日常的な光景が、現実世界の一花の心を当たり前に和ませてくれる。


 学校は楽しい。友達も好き。人間関係だって悪くない。

 だからこそ……。


 ――自分だけの隠れ処が必要なんだと実感する。

 

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