第12話 おすそわけのお礼

「ただいま……わぁ!」


 夕方、玄関を入った一花は感嘆の声を上げた。


「なんか部屋が明るい! 綺麗! どうしたの?」


 きょろきょろと室内を見回す一花に、リクトはふふんとふんぞり返る。


「実は、これで掃除したんだ」


 全身甲冑がメイスのように掲げた猫じゃらし状の掃除器具に、女子高生は目を見張る。


「ハンディモップ! うちにあったっけ?」


「ヒャッキンで買ってきた。田中殿に使い方を教わって」


階下したの田中さん?」


「夕食のおかずももらってきたぞ。米は炊いた。さあ食おう!」


「……」


 わたしが学校に行っている間に、異世界人とご近所さんの間で何があったんだろう?

 一花は混乱しつつも、手を洗って夕食の用意をする。


「わ、キンピラだ。久し振り! ひじきの煮物に小鯵の南蛮漬け、一口サイズの照り焼きハンバーグ。ほうれん草ときのこの白和えに……この蕪のお漬物も手作りかな? うう、おふくろの味、サイコー!」


 タッパーのまま並べられた惣菜を好きなだけ取り分けで、舌鼓を打つ。

 今日一日の出来事の報告をしながら、二人で食事。


「はあ、美味しかったぁ」


 食べ終えた一花は、足を伸ばして満足気にお腹をさする。


「田中さんになにかお礼をしなきゃ。……そうだ」


 思いついて、台所へ向かう。


「クッキーを焼こう」


「クッキー……一花殿は焼き菓子を作れるのか?」


「簡単なのなら。材料は薄力粉とバターと砂糖と卵、家にある物だけで作れちゃいますよ」


 分量を計り、覚えているレシピの手順通り材料を混ぜていく。生地を一纏めにしてラップで包んだら、冷蔵庫で一時間休ませる。


「その間にお風呂に行っちゃいましょう」


 銭湯から帰ってきたら、生地を伸ばす。


「うちには抜型がないので、小さめのコップで代用しますよー」


 伸ばした生地を丸く型抜きしてクッキングシートを敷いた天板に並べ、予熱したオーブンへ。


「この箱は温めるだけでなく、焼くこともできるのか」


「普段レンジ機能しか使ってないけど、一応オーブン機能もついてるんですよ」


 これは一花が実家から持ってきたオーブンレンジなので、今の部屋の家電の中では高級品だ。


「甘い匂いが溢れてくるな。この香りは懐かしい」


「トツエルデにもクッキーはあるんですか?」


「似たような焼き菓子は色々と。俺が子供の頃、年の離れた姉がよく作ってくれた。でも、俺の故郷は砂糖が貴重であまり使えなくてな。だから最初はこちらの世界の菓子の甘さに驚いた」


 今では慣れたと笑うリクト。たまに語られる異世界の話は、同居生活の楽しみの一つだ。


「焼き上がったら金網の上で冷まします。その間に私は数学の課題をやっつけちゃいます。あ、つまみ食いは一枚までですよ、リクトさん」


 畳部屋に戻る女子高生を見送りながら、まだ湯気の立つクッキーにこっそり手を伸ばしてした重戦士はビクッと硬直する。

 そして小一時間。一花がノートを閉じたところで夜のおやつタイムだ。


「今日はコーヒーにするか」


 電気ケトルを使いこなす異世界人がインスタントコーヒーを作る。


「うん、上出来。ちゃんと焼けてる」


 サクッと香ばしい歯ごたえのクッキーに、一花は自画自賛だ。


「焼き立ては柔らかかったが、冷めると固くサクサクになるのだな。美味い」


 熱々の時につまみ食いしたリクトが感想を述べる。

 二枚ずつ試食した後、残りのクッキーは完全に冷めたことを確認して保存袋に入れる。


「あとは明日、洗ったタッパーと一緒にクッキーこれを田中さんに渡すだけね。登校前だと部屋を訪ねるのは早いかな?」


 悩む一花にリクトが胸鎧を叩く。


「ならばその任務、俺が引き受けよう」


「いいの?」


 聞き返されて、重戦士は自信満々に、


「明日は水回りの掃除を田中殿に習う約束をしているのだ。一花殿が帰ってくる頃にはこの部屋も更に綺麗になっているぞ!」


 異世界人は大掃除に目覚めていた。


「……トツエルデの金属と地球の洗浄剤との化学反応が心配なので、篭手は外してゴム手袋をしてくださいね」


 異世界冒険者のコミュ力の高さにただ驚くしかない同居人だった。

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