第10話 重戦士、衝動に駆られる
――その出会いは偶然であり……後悔は必然だった。
「ただいまー……あれ? リクトさん!?」
学校から帰った一花は、玄関を入ってすぐに同居人の異変に気がついた。
六畳一間の真ん中で、ちゃぶ台を前に重戦士が正座をしてうなだれていたのだ。銀色の立派な鎧がいつもより光沢がなく、二回りも小さく見える。
可視化できるほど淀んだ負のオーラを放つ異世界人に、日本の女子高生は恐る恐る近づいた。
「どうしたんですか、リクトさん。仕事で何かあったんですか?」
今朝はイベントの会場設営のアルバイトすると言っていたが、失敗でもしたのだろうか。
「いや、仕事は上手くいった。重い機材を一人で運んで喜ばれて、報酬に色もつけてもらった」
「それは良かったですね!」
大成功ではないか。自分のことのように喜ぶ一花をリクトは兜を少しだけ動かして見遣り、またうなだれる。
「確かに、そこまでは良かった。良かったのだが……浮かれた俺はとんでもない行動をしてしまった」
「な……なんですか?」
まさか犯罪に走ったとか……と緊張に身構える一花に、リクトは顎をしゃくった。指し示したのはちゃぶ台の上で、そこには大きな袋が載っていた。
開けてみるとそこには、
「……焼き鳥?」
三十本を超える焼き鳥の串がぎっしりと詰まっていた。
「どうしたんですか、これ?」
「酒場の前で店主が焼いていたのを見つけたんだ」
「ああ、駅からの帰り道にある居酒屋さんですね。炭火焼きの匂いが香ばしい」
「そう! それなんだ。その匂いにつられて……」
リクトはちゃぶ台に肘をつき、頭を抱える。
「つい、言ってしまったんだ。『今、焼き上がってる串を全部くれ』って……」
……。
(お……大人買いっ。焼き鳥を大人買いしたよ、この人っ!!)
一花は笑い出しそうになるのを
「いいじゃないですか。たまにはそういうことがあっても。もぐもぐ」
「いや、しかし、日当の半分を
「大丈夫ですよ、借金したわけでもないですし。もぐもぐ」
「しかし、居候の身でありながら、こんな贅沢を」
「あの匂いには抗えませんよ。継ぎ足しの秘伝のタレだそうですよ? こっくり甘くてちょっとコゲ目がついてるのが香ばしい。塩もまた絶妙で。もぐもぐ」
「しかし……って、一花殿!」
リクトは気づいて叫ぶ。
「何故、先に食べてる!?」
驚愕するリクトに、一花は口の端にタレをつけたまま、
「だって、お肉は冷めると硬くなるし」
「そういう問題でなく……」
言いかけた声を遮るように、一花は鶏もも串を差し出した。
「やっちゃったことは悩んでも仕方ないですよ。今、最良の策は、この焼き鳥を美味しいうちに食べちゃうことです」
「……むむぅ」
串を受け取ったリクトは、面頬を少し上げて肉を齧る。
「〜〜〜っ!」
言葉にならないほど美味しいようだ。
「うむ、食べ終わってから悩もう」
開き直った異世界人は、目の前の焼き鳥にがっつき始める。
「しっかり弾力があるのに柔らかく、噛むとじゅわっと肉の旨味が溢れて甘いタレと絡まる。焼き方が実に巧みだ」
「一味唐辛子を掛けても美味しいですよ」
「ん、ピリッとした刺激がいいな!」
「このつくね、刻んだ蓮根が入ってて食感が楽しい」
「肉と肉の間に棒状の植物を挟んだ者は天才だな」
「ネギです。ネギマです」
山のようにあった焼き鳥は、瞬く間になくなっていく。
「今日の焼き鳥は、二人の食費から出しましょうね」
宣言した一花に、リクトはぎょっとする。
「それはダメだ。俺が勝手にしたことの代償を一花殿が払う必要はない」
毅然と断るリクトに、一花は意味深に笑う。
「リクトさんは、今日はなんで焼き鳥買ってきたんですか? お店で食べてくれば良かったのに」
「なんでって……一花殿が帰って来るから」
「そういうことです」
「? ? ?」
――当たり前に一花の分を想定してたのなら、これは最初から二人のご飯だ。
こんな楽しいサプライズがあるなら、たまには衝動買いもいいかも。そう思う一花だった。
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