第二章 フィンレイ診療所 ⑤
「あぁ、シャノン様、足を怪我をした患者さんが転倒して……リゼちゃんが庇ってくれて、患者さんは無事だったんだけど……あのあたり床の一部が脆くなってるだろ? ささくれにひっかけちゃって」
「えぇえ……大丈夫なの?」
「擦ってしまってちょっと血が出ましたけど、大した怪我じゃありません」
そう言ったが、シャノンは眉根を寄せたままだった。
「ごめんなさいね。あたしがついていながら……」
「いや、アガサが謝ることじゃないけどさ……」
「そうです。私がそそっかしかったんですから。患者さんに怪我がなくてよかったです」
「リゼちゃん、今日はもう、無理しないで帰りな?」
「いえ、まだ働けま……」
そう答えたあと、シャノンの睨むような視線に気づいた。
「……やっぱり今日はもう帰ります」
アガサがうんうんと頷き、シャノンが重々しく、こくりと頷いた。
隠れ家に戻ってシャノンと共に夕食をとった。
今日のメニューは白パンと雉のオレンジソース、フェンネルとアスパラガスのサラダ、ビーツのクリームスープだった。ここに来てしばらくは食欲が薄かったリゼルカだが、きちんと働くとちゃんとお腹が減って、しっかりおいしく食事できる。
「君って、一見しっかりしているようで……かなり危なっかしいよね」
「いえ、危ないことはありません。私は痛みに慣れてますし」
「はぁ……だから、それだよそれ」
シャノンには呆れられたが、リゼルカは自分が少し息を吹き返したような気がしていた。診療所で懸命に働いていると、充足感があった。
シャノンをちらりと見る。碧色の瞳はいつもと変わらず美しく、その顔はおそろしく整っている。隙だらけのようなのになぜだか隙がない。どことなく掴みどころがない男だ。
スープの皿を綺麗に空にしたリゼルカは、口元をそっとナプキンで拭うと言った。
「あの、お仕事、されてたんですね……」
「え? してるよ?」
「歴代の筆頭王聖魔法士は、皆、昔はあなたのような視察の仕事を?」
「いや、十七歳になると国の王子と王聖魔法士は政治の自発的参加が許されるようになるんだけど……普通はなんだろ……政策を提案したりとかそんな感じじゃない? 僕は僕に合った仕事の仕方をさせてもらってるだけだよ」
「遊び歩いていると思ってました……」
シャノンは才能ある魔法士だが、女好きで不真面目で、遊んでばかりできちんと働く気がないというのが巷の評判だった。
「まぁ、みんなそう思ってるよね。そのほうが王都でも警戒されずに話聞けるから都合がいいんだけど……」
「よくありません。あなたの言い方にも問題があると思います。あんな……酒場に行くなんて言ったら……誤解します」
「人に知られないほうが話を聞き出しやすいから隠す癖がついてたんだけど……確かに君には隠すことなかったかもね。ごめん、もしかして不安になった? ちゃんと君の魔力についても調べてるよ」
「……はい」
食事を終えたリゼルカは、座ったまま頬杖をついてぼんやりしているシャノンに声をかける。
「……練習を、お願いできますか?」
診療所の仕事は充足感があったけれど、やっぱり今日も何度も思ってしまった。魔力が戻りさえすれば、ここに来る患者だって、治癒することができるのにと。
「え? うん……まだやる気なんだ」
「嫌ですか?」
「いや、そんなことないけど、頑張るねえ……何すんの?」
シャノンが若干の呆れを滲ませた顔で頷いた。
「私は詳しくないので……何かありませんか?」
「え?」
そう聞かれたシャノンが固まった。しばらく、あらぬところに視線をやって、何か考えているようだった。しかし、リゼルカの顔を見てはぁ、と息を吐いて小さく首を横に振る。
「なんですか?」
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