第二章 フィンレイ診療所 ③

   ***


 翌朝、リゼルカはシャノンに連れられて再び診療所に行き、そこで改めて紹介された。


 赤髪で長身のひょろりとした青年が背を丸めて立っているその前に連れていかれる。彼は昨日ずっと、仕切り壁の奥で薬を作っていた。


「彼は薬師のカーター。きちんとした医療知識がある人間は彼しかいないから、ここは彼で持ってる」

「リゼルカ・マイオールです。よろしくお願いします」


 カーターは黙ったまま、身じろぎひとつしなかった。彼は前髪が長く、その目は隠れてほとんど見えない。


「カーター……挨拶頼む」

「えっ? あっ、わっ、よろ……っ…………い……すぇ!」


 カーターは聞き取りにくい悲鳴のような叫びをもらすと、衝立の裏の調薬場へと逃げていった。


「あの通り……ものすごい人見知りなんだよ。人と話すのも人前に出るのも苦手ときてる」

「……知識はすごいし、腕は立つんだけどねぇ」


 近くで困ったようにこぼすアガサは、看護を担当しているらしい。


「でも、間違いなく逸材だよ。だから学院でくすぶっているところをひっぱってきたんだ」

「そ、そうなんですか」

「まぁ、人見知りっても、仕事で聞いたことには答えてくれると思うから……あと彼は今、ほとんど奥の部屋に住んでるみたいなもんだから。いつでもいるよ」


 驚いたことに、昨日はそこそこの人数がいるように感じられたフィンレイ診療所の正式な人員はカーターとアガサの二人だけだった。

 あとはグスタフのように、仕事のない時期や手が空いたときに手伝いにきてくれている人がほとんどらしい。今日はすでにマチルダという眼鏡をかけた長身の婦人が来ていて、鼻歌混じりに掃除を始めていた。まだこのあと二人ほど来る予定もあるらしい。


 リゼルカは自分が働く部屋を見て、小さく拳を握りしめた。


(ここには、私にもやれることがある)


 ふと、シャノンが横目でリゼルカを見ていることに気づく。


「……なんですか?」

「いや……張り切ってる顔してんね」

「そうですか?」

「まぁ、ほとほどにね。じゃあ僕は行くよ」

「どこに行くんです?」

「今日はちょっと遠くの酒場。終わる頃にまた迎えにくる。それから、昨日僕が連絡したから騎士団員が三人ほど警備で外に来ているけど気にしないでいいよ。君はくれぐれもここから出ないように」


 そう言って、シャノンは出ていった。


 この時間はまだ患者は来ていない。仕切り壁を隔てて寝台に入院患者が二人いたが、それぞれ眠っていた。

 リゼルカはアガサに呼ばれて、端の洗濯部屋で洗濯を手伝い始めた。昨日事故の怪我人が急遽来たので大量になっている。


「シャノン様も、毎日大変だね……」

「大変……なんですか? 酒場に行くと言っていましたが……」

「それは本当だろうね。ああいうところには情報が集まるから」

「え?」


「あんまり堅っ苦しくしちゃうと警戒されて何も聞き出せないから、身分隠して遊びにいってるふうにして、土地のことを聞き出すんだよ。ここができたのも住民の要望がきっかけだっていうし……本人から直接聞いたわけじゃないけど、それで暴動が未然に食い止められたこともあるんだってよ。だからああやっていろんな地域に足を伸ばして視察してる。かなり遠くの地域まで足を伸ばしているみたいだからねえ」

「え……? ここが建ったのって……」

「この辺は昔は鉱山があって栄えてたんだけど、ほとんど掘り尽くされてしまってね……今はごく少ない作業者しかいなくて貧しいんだ。シャノン様が視察に来て医療施設を配備したいと上に言ったんだけど、とにかく手続きが多くてね……数年かかる。だからそれまでの間、臨時でここを立ち上げたんだよ」


「どうやって維持してるんですか?」

「一応国が予算を出してるんだけど……ここはほとんどシャノン様の独断で立ったところだから、常にカツカツ。だからできることはかなり少ないんだけど……それでも何もせずにいるよりは、一人でも誰かを救える。“なるべく多くを、できる限りで“それがシャノン様の打ち立てた方針なんだよ」


 リゼルカは自分の手が止まっていたことに気づき、洗濯を再開させた。


「……視察が、彼の仕事なんですか?」

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