第二章 フィンレイ診療所 ②
「身分の高い人らはともかく、あたしら平民のほとんどは病気になっても怪我をしても、医者なんかにかからず家で療養することしかできないけど……それすら難しい環境の人もいるからね」
それを聞いて、リゼルカは養父だったハドリーのことを思い出す。
彼の病気は最初は軽い風邪だった。けれど、悪化してからは一ヶ月も経たずに逝ってしまった。
清潔にして栄養を摂らせ、安静にさせる。そういった最低限の看病がきちんとできていれば治ったかもしれない。けれど、ハドリーはリゼルカを食べさせるため、病を押して働き続けた。そのせいで病は悪化した。
リゼルカは重荷になるばかりで何をすることもできなかった。
いや、きっと何かできたはずだった。リゼルカがもっとちゃんとしていれば、きっと彼は治ったはずだ。彼はリゼルカのせいで死んだのだ。そう思ってずっと後悔していた。
そうして、あの時にもし、こんな場所があったならと思わずにはいられない。
リゼルカは自分の価値を魔力に置いていて、それがなければ役に立たないと視野が狭くなっていたが、魔力がなくとも日々、人を助けている人たちがいるのだという当たり前のことを目の当たりにした。
それは新鮮で、胸を打たれる光景で、ずっと飽きず、目で追ってしまう。
そこに扉のほうから慌てた声が飛び込んできた。
「近くで塔の建設事故がありました! これから怪我人がこここに来ます!」
ちょうど部屋から出てきたシャノンが飛び込んできた男性に聞く。
「人数と怪我の程度は?」
「詳しくはまだわかってませんが、落下物による腕や脚の怪我です。今確認できてるのは三人ですが、ほかにもいるかもしれません」
「わかった。アガサは手当の準備を。カーターは薬を。ジミーは僕ともう一度現場に行く。ほかに怪我人がいたら連れてくる」
「はい!」
シャノンの声に周りが返事をして、急に慌ただしくなる。
アガサを見るとにっこり笑って聞いてくる。
「もしよければ、手伝ってくれるかい?」
「私で、できるんでしょうか」
「大丈夫。ここはほかに仕事を持っている人たちの手伝いでなんとかまわってるから、みんな似たようなもんさ」
「では、手伝わせていただきます」
そのまま、なしくずしにリゼルカは患者の看病に奔走した。
怪我人の止血。消毒。入院患者の包帯の交換。病人食の調理。用意されている薬を与え、調薬器具の洗浄をする。それから洗濯、清掃。どれも聖女の仕事とは違い、すぐに治癒が望めるものではなかったけれど、リゼルカはあちこち走りまわりながら夢中になって働いた。
幸いなことに事故の怪我人も思ったより皆軽傷で、夕方過ぎにはなんとか皆無事に帰宅することができた。
そうしてシャノンと共に彼の隠れ家に戻った頃には、リゼルカはずいぶんとすっきりした顔をしていた。
「シャノン、私……しばらく診療所で働いてみたいです」
リゼルカの言葉にシャノンはゆるく笑みをこぼした。
「いいんじゃない? みんな助かるよ」
「でも、いいんですか?」
シャノンは少し困った顔で言う。
「ここは誰にも知られてないから、本当はここにずっといてもらえると一番安全ではあるんだけどさ。いつまでかかるかわかんないのにそれも監禁してるみたいで気が咎めてたんだよね……」
リゼルカは自分のほうがシャノンを拘束しているような罪悪感があったので、シャノンがそんなところに気をまわしてくれるとは思わなかった。
「なんか君、だいぶ思い詰めてたみたいだしさ。やっぱ外出たいのかなーと思って」
「意外とよく見てますね……」
「いや君、わりとわかりやすいし」
「そんなこと……言われたことないです」
「うん? それは周りの目がよくないだけじゃない?」
シャノンはこともなげに言う。
「じゃあ、明日からよろしく」
「はい」
リゼルカはシャノンに向かってすっと手を伸ばした。
「ん?」
「よろしくお願いします……」
シャノンは差し出された手を取った。
リゼルカはやっぱり少し緊張したし赤くなってしまったが、その握手は、なぜだか少し前よりもずっと抵抗なくできるものだった。
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