第二章 フィンレイ診療所

第二章 フィンレイ診療所 ①

 翌朝、シャノンと共に魔法陣で移動すると、着いたのは木造の平屋造りの小屋だった。周囲には荷物が所狭しと置かれていたが、床の空いているところのギリギリいっぱいまで魔法陣が書かれている。


 そこを出て、外を少し歩くとすぐに簡素な石造りの建物が見えてくる。

 入口の前に木製の看板があり、『フィンレイ診療所』と名前が掲げられている。


 リゼルカの記憶だと、フィンレイ地区は山岳地帯だ。王城のあるバミューシカからは川を挟んで離れた場所にある。シャノンの隠れ家からは王城が遠くに臨めたが、ここからだと影も形も見えないだろう。その代わりといってはなんだが、教会へは馬車で半日あれば行ける距離かもしれない。

 広めの玄関に入り、短い廊下の先には開けた空間があって、それぞれ三十代、四十代くらいに見える五、六人の男女が立ち働いていた。


「あら、シャノン様」

「シャノン様、いらっしゃったんですね」


 中に入るとシャノンを見た淑女たちが、働きながらもそれぞれ声をかけてくる。


「シャノン様じゃないですか」

「お、シャノン様来てんの?」


 女性だけでなく男性も寄ってきて声をかけてくる。シャノンは中にいる全員にゆるく挨拶をしてまわっていった。


「シャノン様ったらお綺麗な方連れて……どんな関係なのよ?」


 恰幅の良い中年女性が近くに来てニコニコしながらシャノンの腹に肘を入れてこづく。


「彼女は仕事の保護対象」


 シャノンがけほっと咳込みながら答えた。今度はそこに短髪の逞しい男性がやってきて、にこにこしながら言う。


「あ、シャノン様、いらしてたんすか。今度ちょこっとでいいからウチにまた顔出してくださいよ。娘がまた会いたいってうるせえんだ」

「うん。必ず行くからさ。そう伝えておいて」

「ありがとうございます! あ、例の木材どうなりやした?」

「手に入ることになった。談話室で話そう。すぐに行くから待ってて」

「はい」


 男性がその場を離れてからシャノンに聞く。


「あの方もここで働いてるんですか?」

「いや、グスタフは近くの木工職人で、以前怪我でここに来てからたまに手伝ってくれるようになって、よく来てるだけ。この間伝手で余り物のいい木材が手に入ったから、寝台をひとつ増やす算段を立ててるんだ」

「そうなんですか」

「念のため言うと、グスタフの娘は七歳……」

「べつに聞いていません」

「あ、そう……」

「ずいぶんと慕われているんですね」


 彼のように身分や立場がある人間に対して、普通の人はまず委縮する。何を言われても緊張は払いにくいだろう。だが、ここの人間の彼に対しての態度は皆、気安い。自然に懐に入り込んでいるように見える。シャノンは女性関係も華やかだと聞くし、実は相当な人たらしなのかもしれない。


「一応ここの責任者だからね……僕はしばらくそっちの部屋にいるから、今は好きに見てまわっていいよ」


 そう言って先ほどグスタフが先に行った談話室へと向かうシャノンの背を見送る。


 その空間の一角には衝立があり、奥には寝台が三つほど並び、診療所の人々は甲斐甲斐しく働いていた。額に水で絞った布を当ててやったり、汗を拭いて着替えをさせてあげている者もいたし、薬や食事を口に運んであげている者もいた。

 手前の区画では患者の怪我した患部に薬を塗って包帯を替えている者もいたし、半分だけの仕切り壁の向こうでは調薬をしている者もいた。


 それをじっと見ていると、背後から声がかけられた。


「あら、シャノン様と来た子だね」


 話しかけてきたのは四十前後のごく短い焦茶色の髪の婦人だった。彼女は恰幅の良い体に人の良さそうな笑みを浮かべ、アガサと名乗った。


「うちは有名なヴァイオンの聖女様みたいに、なんでも治せるわけじゃないけどね。その代わり、医療費を払えない人間も受け入れているんだよ」


 そのヴァイオンから来たとは言えなかった。何もできないのに、期待させてしまうかもしれない。だからリゼルカは黙って頷いて、再び診療所の中に視線を戻した。


 教会では病も怪我も、聖女の魔力で治癒してしまうが、ここでは当然それはできない。

 だからほとんどの医療施設と同じように、対処療法的なものを行っているようだったけれど、それぞれが懸命に最善を尽くしているのが見てうかがえた。

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