第一章 失われた魔力 ⑮

「じゃあ、作るからちょっと待ってて」

「え? あなたがですか?」


 幼い頃シャノンが住んでいた家はひかえめにいっても大豪邸だったし、料理人や執事や家政婦、厩番や門番、護衛騎士などが合わせて五十人以上はいた。そんなところに住んでいた人が料理を作れるとは思えない。

 シャノンは鍋を片手に、決まり悪そうに言う。


「あー、僕、昔さ……家の学習部屋をちょっと壊しちゃったんだよ。その関係で今でもトーベの爺さんにはネチネチ恨まれてんだけど……まぁ、それはいいとして、その時に親からきっつく叱られてさ……それでもまったく反省が見られないからって、食事を抜かれたことがあって……」


 シャノンは棚から調理器具を出しながら続きをしゃべる。


「で、こっちも腹が立ったから料理人から作り方聞いて……夜中に厨房に忍び込んで勝手に作って食べてたら、また叱られて……っていう。そういうので覚えたんだよね」


 絵に描いたような富裕層の悪童だ。これは親もさぞ手を焼いていたことだろう。

 シャノンは話しながらも食事の準備を進めている。


「あ、座ってていいよ」

「手伝います」

「……うん」


 まるで新婚夫婦のようだと、一瞬そんな考えがよぎったが、そんな甘ったるい関係性ではまったくないことを思い出す。


 やがて、テーブルの上に白パンとスープ、鶏肉のビターオレンジソース、ビーツと林檎のサラダ。イチジクの砂糖漬の夕食が並んだ。


 リゼルカはシャノンと共にそれを食べた。

 悔しいことに、おいしかった。また、きちんとした温かい食事を取るのも久しぶりだったので心が落ち着くものでもあった。意地を張って林檎ばかり食べていたのが馬鹿らしくなってくる。


 心が落ち着くと、今日ならばいけるかもしれないという無鉄砲な勇気が湧いてきた。


 リゼルカは食事を終えると、かたんと音を立てて立ち上がって言った。


「シャノン、今日は……」

「うん」

「今日こそは……契りを……交わしたいです」

「え? 練習したいって言ってなかった?」


 小さく目を剥いたシャノンが確認するようにリゼルカの顔を覗き込んできた。端正な顔が近くに来るだけで、緊張で息がぐっと詰まる。


「もう大丈夫です……お願いします」

「うーん、頑張るねえ。どうせ無理だと思うけど……とりあえず上行こうか」


 最初の日にも来た寝台がある部屋へと移動する。

 雑多なもので溢れている地下とは反対に、ここには寝台以外の調度品がない。ただ、食事室にもあった、葉っぱにまみれた妙な鐘飾りだけがぶら下がっていた。


「この部屋は……一体なんの部屋なんですか?」


 シャノンは寝台に腰掛けながら答える。


「え? ここは僕の寝室だよ」

「そうなんですか?」

「まぁ、かなり簡易だけどね」


 寝室と聞くとなぜだか余計に緊張する。けれど、それくらいで意識しているのは逆にいやらしいかもしれない。気にしないようにして首を小さく横に振り、部屋へと足を踏み入れる。寝台に座るシャノンの隣におそるおそる腰掛けた。


 寝台が二人分の重みでかすかにギッと揺れた。それにすらドキッとしてしまう。

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