第一章 失われた魔力 ⑭

   ***



 同じような日が二日ほど続いた。

 心はどんどん焦りで追い詰められていくというのに、シャノンと契りを交わす覚悟は一向にできなかった。


 その朝もリゼルカは出かけていくシャノンを見送り、厨房にあった果物を食べ、二階の自分の部屋から窓の外を見ていた。


 近くに建物はほかにないが、遠くに街らしきものが見える。

 王城の象徴として建築された特徴的な形の塔がごく小さくだが見えた。辺鄙といっても、王城が見えるのだから、ここは首都であるバミューシカではあるようだ。

 リゼルカがこうしている今も、あそこには沢山の人が生活していて、きっと活気に満ちている。


 じっとそうしていると、ぽつんとした気持ちが襲いかかってくる。


 リゼルカは教会にいた頃は周囲から抜きん出ていて、完全無欠の冷静な聖女とされて一目置かれていた。だから聖女になってからは、それなりにできる人間になったつもりでいた。

 けれど、聖女でなくなればあっという間に役に立たないお荷物となり下がる。それだけではなく、冷静さを失ってわめいて、我儘を言って八つ当たりまでしている。魔力がなくなってからは、情けない自分と遭遇してばかりだった。


 いや、忘れていただけで、昔のリゼルカはこういう人間だった。元に戻っただけかもしれない。自分は無愛想で、なんの役にも立たないくせに融通が効かない、周囲から扱いづらいとされる人間だった。こうやって、することもなく一人でいるとそんなことばかり考えてしまう。

 今にして思えば、周囲がリゼルカに一目置いて敬意を持って接してくれていたと思っていたのも、単にリゼルカが他人を信用せずに遠ざけていたため、打ち解けられなかっただけのような気もしてくる。


 シャノンだってリゼルカのことは苦手だろうが、少なくとも敵意のある態度はされていない。今だって保護されている立場だというのに、心を閉ざして自分で言い出した練習すら拒絶してるのはリゼルカのほうだ。

 本来彼に腹を立てるのは筋違いだ。契り以前に、もう少し自分の態度を改めて打ち解けようとする努力は必要かもしれない。このままでは覚悟なんて生まれるはずもない。あの方法を望んだのはリゼルカなのだから、もう少し彼を知ろうとするべきかもしれない。


 リゼルカは一日中そんなことを考えて悶々と過ごして、また、ルーク・ピアフとのやりとりの一部を思い出した。



“君と僕は性格も境遇も正反対だけれど、不思議とどこか近い気もするんだ。どうしてそう思うんだろう”



“私も、理由はわからないけれど、そんな気がしてます。もっと沢山、いろんなことを話してみればわかるかもしれません”



 あの頃、リゼルカは自分と違う相手をきちんと知ろうとしていた。


 妙に経験を積んでしまって偏見を覚えた今の自分より、あの頃の自分のほうがよほど大人だったかもしれない。

 寝台に身を埋めていたリゼルカが身を起こした時、地下のほうからごとんと物音がした。シャノンが帰宅したようだ。


 地下へと続く階段前で立っていると、足音が上がってくる。


「うわっ、そんなとこ黙って立ってないでよ。びっくりするじゃない」

「……お、おかえりなさい」

「………………うん、ただいま」

「今日は少し遅かったですね」


 話をしようとしているだけなのに、口調が無愛想なせいで、詮索して責めているかのようになってしまう。なかなかうまく友好的にできない。

 けれど、シャノンはそこまで気にした様子もなく答える。


「あぁ、移動拠点に使ってた魔法陣がひとつ、近くの子どもの悪戯で駄目にされててさ。書き直してたら時間食っちゃって……」

「そうなんですか。あの、夕食は……」

「これから食べるけど」

「ご一緒してもいいですか」

「……うん、もちろん」


 やはり、シャノンはリゼルカの強い敵意がなくなったことに戸惑ってはいるようだったが、拒絶も反発もしてこない。その面ではリゼルカよりよほど大人だった。

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