第一章 失われた魔力 ⑫
***
深い眠りだった。
物音がして目を開けると、朝陽が射し込む部屋の見知らぬ天井があり、昨日までに起こったことを一気に思い出す。
部屋の扉をシャノンが叩いていた。身構えておそるおそる扉を細く開ける。
「……なんでしょう」
「僕はちょっと出かけてくるけど、夕方には戻るよ」
「あ、はい」
朝からまた悩ましい案件と向き合わなければならないかと思っていたので、先送りされて少しほっとしてしまった。
「厨房と貯蔵庫にあるものは適当に食べていいから」
そう言ったシャノンがそこから離れる気配があったので、ぱっと扉を開けて半身を出す。
「あなたはどこに行くんですか」
シャノンは少し先の廊下にいたが、立ち止まって振り返る。
「えー? 行きつけの酒場とー、知り合いのところとー……これ全部言うの?」
シャノンは指を折りながらリゼルカを見る。
「ああ……ごゆっくり」
「はーい」
シャノンはすたすたと階段を降りて地下に向かっていった。
七支国は建国時から王と宰相の筆頭王聖魔法士が統治する国だ。シャノンはやがては次代の王と共に国を統べることが約束されている。
ただ、現在は彼の父親が筆頭王聖魔法士を担っているので、まだその立場にはない。シャノンは自由がある猶予期間を、女性をたぶらかし遊び歩いているという噂だった。
もっとも、まるで働いてないわけではなく、なんらかの役目は負ってはいるのだろう。今だって仕事の一環でリゼルカを保護しているのだから。
もちろんその仕事以外の行動については、リゼルカにどうこう言う権利はない。ないのだが、この状況で平然と遊びに出かけられると、もやもやとするものがある。国の存亡に関わる警戒すべき案件だとか言っていたはずなのに。
本当はシャノンだってこんな仕事で拘束されたくはないのだろう。そんなやる気のなさが感じられる。リゼルカは今や役立たずなだけでなく、シャノンや国にとって、厄介なお荷物となっているのかもしれなかった。
リゼルカはシャノンの気配がなくなってからも、またしばらく寝台に横たわって、じっと天井を見上げていた。
そうしてまた、あの頃ルーク・ピアフと交わしていた手紙のことを思い出していた。
“僕は生まれてからずっと、口うるさい親や、周りの大人に指図ばかりされている。やるべきことも将来もすべて決められていて、自由なんて何もない”
ルークはよく、そんなふうに言っていた。
この国では、商家はほぼ例外なく世襲で跡を継ぐ。ほかにやりたいことがあったとしても、それを叶えることは厳しいだろう。厳しい家ならば結婚相手も決められ、がんじがらめで自由のない状態というのは想像にたやすい。
けれど、当時、無知であったリゼルカにはそんなことはわからず、自分とまったく違う彼の境遇がうまく想像できなかった。
“私は孤児で、誰からも必要とされていませんでした。だから、周りに必要とされているあなたが羨ましいです。できることがあって、人から必要とされているあなたは素敵です”
今にして思えば、少し無神経だったかもしれない。けれど、ルークが家族に必要とされていることはリゼルカには素晴らしく思えたし、やるべきことが与えられていることには憧憬があり、正直にそれを書いた。
また、あの頃リゼルカはハドリーによって救われて、なんとか前を向いて自分の価値を見つけようとしていた。ハドリーを亡くしたことで、再び失われてしまったリゼルカの色鮮やかな希望が、若さと共にそこにあった頃だ。
“私もいつか、あなたのように自分の役割を見つけて、人に必要とされる人間になりたい”
リゼルカはぼんやりと自分の書いた言葉を思い返し、ようやく部屋から出た。
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