第一章 失われた魔力 ⑨
「握手が初めてとか……そんなことある?」
シャノンのほうが落ち着いていて平然としているのだけが救いだ。
「すごく幼い頃のことは覚えてませんし、聖女は必要以上に人と接触を持ちませんから」
握手だけで逃げ出したくなる。それでもやはり、シャノンの手を通じて、体の奥に小さく渦巻く魔力の気配を感じて、諦めきれない。
「はい。じゃあ今日はここまでね」
そう言ってシャノンがぱっと手を離す。
ただ手を握っただけなのに、必要以上に意識してしまったせいでまだ感触が残っている気がした。頬の熱もなかなか引かない。
「あの、今日は……って」
よく考えたら、今日を逃したら次の機会はいつになるのだろう。
「そこなんだけど……しばらく教会には戻らないでほしいんだ」
「でも、私には、ほかに行く場所は……」
身ひとつで出てきてしまったので宿を取ることもできない。今更だが自分はどれだけ追い詰められ、慌てていたのだろう。
「しばらくここにいて保護されててよって意味。ここは僕以外誰にも知られてないから安全なんだ」
「私は保護なんて頼んでません。そもそも、なぜあなたは私が力を失くしたことを知っていたんですか」
「君が力を失くしたことはすぐに僕のところにも入ってきたよ。君に限らずだけど、聖女のそういった変化には国も常に気を配っている」
教会に内通者がいたということだろう。けれど、魔法士に比べて魔力も少なく無害な聖女に国が気を配る意味はあるだろうか。
リゼルカのそんな思いを顔から読み取ったシャノンが続ける。
「空の聖女は、黒龍の贄にされる可能性がある」
シャノンがさらっと言った言葉にリゼルカは小さく目を見開いた。
「黒龍って……建国伝説のですか?」
「そう。あれは今も王城の地下深くに封じられている。復活させるためには、大量の魔力と空の聖女──贄が必要なんだ」
シャノンはリゼルカをじっと見つめて続ける。
「国内には昔、黒龍を信仰している邪教が存在していた。もっとも、ここ五十年ほど動きがなくて、教祖の死亡がささやかれていた。ただ、ここのところ邪教の存在を匂わす不穏な動きをいくつか確認している。もし残党がいるのなら、王国は捜して捕まえなければならない」
「…………」
「君は国でも類を見ない魔力の大きな聖女だ。それが力を突然失った。もし邪教に関わる人物が魔力を抜いたのだとしたら……それは国の存亡に関わる警戒すべき案件なんだよ」
ただ、自分という一人の聖女が魔力を失っただけだというのに、思った以上に大きな扱いをされていることに動揺した。
「……わかりました」
「うん、くれぐれも勝手に教会に戻ったりしないで」
「……私一人でここに住むということですか?」
「嫌だろうけど……こういう話になったし、僕も一緒に住む。そのほうがお互い都合がいいだろ。安心していいよ。君に覚悟ができるまでは指一本触れない」
「わかりました」
どの道魔力が戻らなければ教会へ戻っても働けない。覚悟さえできればすぐにでも魔力を戻せるのもありがたい。リゼルカはシャノンの屋敷に住みながら自身の覚悟ができるのを待つことになった。
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