第一章 失われた魔力 ⑧

「正直なところ、あなたといきなり契りを交わすのは荷が重いです。ですが、簡単なものから、少しずつ段階を上げていけば……」

「うっわ〜、君、ほんと諦め悪いね」


 自分でもそう思うが、リゼルカにとって自らの魔力は、そう簡単に諦め切れるものではなかった。


「そんなことしても何も変わらなくない? 君は根が真面目だから愛のない行為が嫌なんだろうし、僕は、君が望まないことはしない」

「ですが……魔力を戻したいというのも紛れもない私の望みです。それに、あなたは普段から恋愛関係でない相手と、そういった行為を気軽にしていますよね? 私だって、段階を経て異性との触れ合いに慣れていくことで抵抗感が減っていけば、そういった行為も可能になる見込みはあるはずで……」


 泣きそうにも見える焦った顔で必死に言葉を並べるリゼルカを見ていられなくなったのか、シャノンが遮った。


「あー、もういいよ。わかったよ。協力する。練習って、何すんの?」

「では……握手を」

「え?」

「握手です」


 握手はさきほどもしたが、自分の魔力の気配に囚われていた。情けないことだが、改めてこの男と契りを交わす前提で真剣に考えると、それが精いっぱいだった。

 シャノンはだいぶ呆れつつも頷き、立ち上がって「じゃあ、はい」と手を伸ばしてくる。リゼルカは大きく息を吸ってからその目の前まで行った。


 向かい合うと、思っていたよりもだいぶ身長差があるのがわかる。

 感覚との齟齬に緊張が増していく。シャノンの顔を見上げてからぱっと俯き、伸ばされた手に視線を落とす。


 シャノンは女性と見がまうような美しい顔立ちだが、差し出された手は思いのほか無骨で男性のそれだった。視線を少し上げると白い首から出た喉仏や、自分よりだいぶ広い肩幅などが目に入る。いろんなことが気になってしまう。


 リゼルカは自分の顔がじわりと熱くなるのを感じた。

 それでも、ただの挨拶の握手ならここまで恥ずかしくはならなかったかもしれない。


 リゼルカにとってシャノンは急に、契りを交わすべき相手になってしまった。

 彼の顔をしっかり見て、その無骨な手を見つめた時、リゼルカはその手に肌を触れられることを想像してしまったのだ。先の行為はきちんと想像すらできないのに羞恥で心臓が破裂しそうだった。


 震える指先をおずおずと伸ばし、そっと彼の指先に触れる。


「……えい」


 思わずかけ声をかけて握った手は大きく、硬かった。温かく乾いた皮膚の感触は生きた人間で、自分ではない他人を感じさせる。手を握っただけなのに、ぞくぞくしてしまう。

 リゼルカは自分の呼吸が浅くなっていくのを感じていた。


「ものすごいこわばってんだけど……そんなに嫌?」

「い、嫌というより……私は治療以外で男性の手を握ったのも初めてなので、緊張と……は、恥ずかしいです」


 実際、嫌悪感とは少し違った。ただ、溶けるような緊張が頭を熱くさせて、まともにものを考えられなくさせる。

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