第一章 失われた魔力 ⑦

   ***


 シャノンの魔法陣で、リゼルカは元いた屋敷の地下に戻ってきた。

 それからようやく上階へと上がり、二人は廊下を歩いていた。


「ここは、どこなんですか?」

「僕の家だよ」

「あなたの……? 私の知る場所と違いますが」

「ああ、君が言ってるのは父の家だよね。ここは僕が以前から研究室に使ってた隠れ家みたいなもんだよ。王城の執務室はどうにも落ち着かないし、かといって研究棟はうざい爺さんだらけで気が滅入るからね」


 さらに階段を上がるシャノンの背中を追いかける。行き着いたのは大きめの寝台がぽつんとひとつ置いてある部屋だった。シャノンはすたすたと中に入っていったが、リゼルカは扉の前で硬直して立ち尽くしていた。

 シャノンは寝台に足を組んで腰掛け、腕組みをしていたが、怪訝な顔で言う。


「本当にするつもり?」

「……お願いします」

「そんなとこでお願いしますったって……まず部屋に入りなよ」

「は、い」


 ぎこちなく言って、リゼルカはようやく一歩だけ足を中に踏み入れた。


「うーん……」


 その様子をじっと見ていたシャノンがうん、と頷いて言う。

「無理じゃないかな」

「……いえ! 大丈夫です。覚悟はできてます」


 実のところそんな覚悟はまったくできていない。ただ、魔力を取り戻したいという強い気持ちだけは心の覚悟の先を走っているかのようにしっかりと存在していた。


「お願いします」

「叫んだり泣いたらすぐやめるけど……」

「それでも、どうか構わずに、お願いしたいです」


 シャノンは深い溜息を吐く。


「……あのさぁ、僕は嫌がってる女性を抱く趣味はないんだけど。魔力を戻したいのは僕じゃなく君なんだから、したいんならちゃんと協力してくれない?」

「そう……ですよね」


 言ってることはわかる。我慢しているうちに終わらせてくれというのはあまりに他人任せだ。自分を救うために意識を失うまで殴ってくれというのとあまり変わらない。これはシャノンではなく、リゼルカに必要なことなのだから、彼に不本意な悪役を演じさせてすまそうとするのはさすがに申し訳ない。


 まだ入口近くにいたリゼルカに、シャノンは手招きしてから自分のいる寝台を指さした。


「あー……じゃあ、ちょっとここに寝てみて」

「え? そこですか」

「とりあえず、本当に寝転がるだけだよ……」

「わかりました」


 そう答えたが、足が一歩も動かない。なぜだか体はまったくいうことを聞かなかった。


「……ただ寝るのすらダメなら、もう絶望的じゃない?」

「大丈夫です。できます……」


 そう言いながらも、リゼルカは一歩も進めずにいた。

 短い沈黙のあと、シャノンがまた小さく息を吐いた。


「あのさ、僕は君が口で大丈夫と言っても、君自身が本心では嫌な行為を無理にする気はないよ」


 顔を上げて見たシャノンの瞳には普段の軽薄さはなく、まっすぐだった。


「──それは、今はよくても、あとで必ず後悔する」


 リゼルカは目を閉じて少し思考したあと、詰めていた息をふうっと吐いた。


「……わかりました。あなたの言葉はもっともです」

「じゃあ、この方法は諦める?」

「いえ、先に触れ合いの練習をしたいのですが……」

「は?」

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