第一章 失われた魔力 ⑤
「初めまして。聖女の歴史に誰より詳しい、美麗・天才学者のトーベ・アルダンです。リゼルカ様、よろしくお願いしますね」
「リゼルカ・マイオールです。よろしくお願いいたします」
「うわ、普通に返したよこの人…………まぁいいや、爺さんさっそく頼む」
真顔で返事をしたリゼルカにやや引きながら、シャノンが本題を急かす。
博士はオホンと咳払いをしたあとに口を開いた。
「まず、聖女が魔力を突然失い空になる。これは自然には起こり得ません。聖女の魔力は魔法士のそれと違って魔術で抜くことができるものですから、人為的な呪いの可能性が高いです。呪いであれば術者の解呪か死亡で戻りますので、術者を捜すのが最善かと」
「ですが……身に覚えがありません。それは誰でも勝手にかけられるものなんですか?」
その質問にはシャノンが答えた。
「まず、当たり前だけど多少の魔力は必要……っても聖女は癒しの力しかないから、聖女は除外して、最近魔法士や、その血筋の人間との接触はあった?」
「いえ……」
思い当たる人間はいなかった。
リゼルカの所属する聖ヴァイオン教会は、ほかの教会とはまったく違う特殊な場所だ。医療機関となってからは年に一度の儀式のほかは礼拝なども一切行わない。教会には修道士たちもおらず司教と聖女しかいない。
また、聖ヴァイオン教会は聖女たちを守るため、外部の人間の出入りを固く禁じている。シャノンは忍び込んだようだが、高い塀に囲まれ各所にお抱えの護衛騎士が置かれているので、並大抵の人間では侵入できないようになっている。
聖女は教会内の治癒室で治癒を行い、患者のもとに赴くことはない。リゼルカはずっと教会から出ていないし、接触した外部の人間といえば患者だけだ。それも身持ちのしっかりした人間ばかりであったし、面倒ごとが起きたこともない。
もちろん厳密には重鎮の寄付者であったり、物を届けてくれる人間の出入りはあったが、リゼルカの知る限り、周囲に聖女以外で魔力を持つ人間はいないし、恨みを買うような心当たりもなかった。
博士が髭を撫で付けながらしばし考え込む。シャノンが聞いてくる。
「リゼルカ、魔力を失くす直前に何か変わったことは?」
「そういえば、夢を……見ました」
「夢ですか」
博士が眼鏡をクイッと上げる。
「ええ、大きな赤い花が出てくる夢です」
赤い花が咲き乱れるそこで、花弁から魔力を吸い上げられている嫌な夢だった。あたりには甘くてきつい花の匂いが充満していて、起きた時にも鼻についているような感覚さえあった。
「赤い花、ね。うーん……なんにせよ、術者がいるならそれは僕らが追っている人物と同一人物だろうね。君にはしばらく待ってもらうことになるけれど……」
「……つに……」
「え?」
シャノンと博士が揃ってリゼルカを見た。
「いつになりますか?」
リゼルカの声は怒ったように震えていた。強い剣幕で言うリゼルカを前に、シャノンとトーベ博士は少し驚いている。
「魔力を戻せると聞いたから来たのに……! 結局、戻せるかわからないんですよね? 呪いをかけた人を捜したとしても結局、見つからないかもしれないのに。本当に……ほかに戻す方法は何もないんですか⁉︎」
リゼルカはそこまで言って、自分の片腕を抱いて俯いた。
興奮してしまい、息が切れていた。珍しいくらいに焦っていて、自分が制御できない。こんな、八つ当たりのように怒って他人に言い募るなんて、自分らしくない。
けれど、このままずっと魔力が戻らないことを想像すると、怖くてたまらなかった。
このままでは、リゼルカ自身が積み上げてきた自らの価値がすべてなくなってしまう。それは、他人にはわからないかもしれないが、リゼルカにとって何よりも大切なものだった。
たとえば画家が突然絵が描けなくなった。あるいは料理人が料理を作れなくなった。詩人が詩を紡げなくなった。そんなものと近いかもしれない。人生をそれだけに捧げて自分自身の価値を作っていたものが失われてしまうことは、生きる指針を失うことでもあった。
シャノンはしばらくリゼルカを見ていたが、小さく溜息を吐いた。
「まぁさ、誰かが魔力を抜いたなんて、こっちでも一番に疑ってたことなんだけど……爺さん、それだけじゃなく、術者を手っ取り早く見つける方法だとか、ほかにも何か情報あるんだよね?」
「いえ、それは魔法士の研究者の専門になるんです」
「え、何それ。ここに来た意味ゼロじゃん……」
博士が顎髭を摘まみながら難しい顔をした。
「うーん、実は……術者とは無関係に、戻せる方法がひとつあるんですが……禁忌というか、普通はしない方法なので……」
「なんだよ爺さん、早くそれ言いなよ。なんで言わなかったの? そんなしんどい方法なの?」
「なんでもします。教えてください」
「鍵になるのは『王聖魔法士』────シャノン様、あなたです」
「え? 僕?」
シャノンとリゼルカは顔を見合わせた。
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