第一章 失われた魔力 ④
着いたのは、やはり地下だった。いくつかの木箱が床に置かれているほかは、何も載っていない木製の棚があるだけだった。
「ここからは歩きだよ。言っておくけど研究塔はわりと辺鄙な場所にあるし遠いよ」
そう言ってシャノンはさっさとそこを出た。
地下を抜けると、すぐ隣に一目でそれとわかる荘厳で絢爛な王城の壁があった。
王城は日中はおおよそ千人ほどの人間が詰めているという。
等間隔に並んだアーチの下の外通路には、やはり等間隔に警備の騎士が立っている。
通路の奥から共をぞろぞろと引き連れた壮年男性がやってきて、壁沿いに立っていた簡易な鎧姿の騎士がぱっと敬礼しているのが見えた。
壮年男性は悠々と歩いていたが、シャノンの姿を認めると眉間に皺を寄せ、あからさまに苦々しい顔をして足を止めた。
「おやシャノン様……地下のほうからいらっしゃいましたが……魔法陣での城内への移動は職権濫用ですよ。正門から入られますよう」
男性の苦言に、シャノンはきょとんとした顔で答える。
「え? やだよ。面倒くさい。入口からどんだけかかると思ってんの」
男性はやれやれといったふうに、わざとらしい溜息を吐いて言う。
「以前もご説明したはずですがね、なんのために門番や伝令官がいると思ってらっしゃるのか……いいですかな? 貴殿のそういった軽率な言動のひとつひとつで先代や貴方のお父上が長く築き上げた信頼や……」
「話長いって。急いでるから、またね」
「なっ……」
男性は顔を真っ赤にしたが、シャノンは苦情を飄々と聞き流し、今度は王城の中へ入っていく。
「今の方は……」
「え? 今のおっさん? なんだったかな……小さい頃から口やかましくてさ。なんかの長官だった気がするけど……それ、思い出さなきゃ駄目?」
「……いえ、結構です」
リゼルカは小さく溜息を吐いて即座に質問の答えを諦めた。
王城は広く入り組んでいた。壁際にいくつもの美しい彫刻の並ぶ長い廊下を通り、いくつかの角を曲がってまた進んでいく。途中、角に立つ何人かの騎士がシャノンを見て敬礼したが、彼はそれを気にも留めない様子で進んでいく。
しばらくして入ったのとは別の大きな扉からまた外に出た。おそらく建物の中を経由することで近道をしているのだろうが、道がまったく覚えられない。
シャノンは明るい芝生に敷かれた石畳の道を迷いのない足取りで進んでいく。
リゼルカの焦った心とは裏腹に、相変わらず天気はよく、鳥がのどかにチヨチヨと鳴いていた。
やがて、シャノンは眼前に現れた巨大な塔に入り、薄暗い階段を登った先に立ち並ぶ部屋のひとつの前で足を止めた。
「うーんと、確かここ」
「どんな方に会うんですか?」
「僕の家庭教師の一人だったドルグ人の爺さん」
ドルグ人は国家を持たない民族だ。知能が高く、長寿とされている。
「歴史学者で、専門が聖女史。聖女は魔法士と比べて数が少なくて、研究者自体少ないんだよね……嫌だけど訪問許可入れといた」
説明はそれだけのようで、シャノンは雑に扉を叩くとさっさと中に入っていった。
少し薄暗い部屋の中には天井近くまでびっしりと本棚が敷き詰められていた。
中央に黒板があり、文字が殴り書かれている。その近くには長いガウンを着込んだ丸眼鏡の老人がいて、脚立の上に座って本を読んでいた。老人は小柄で肌の色は浅黒く、大きな瞳に尖った耳のドルグ人特有の見た目だ。
「おや、シャノン様じゃないですか。女性連れでお仕事とは……いやはや、女性に人気の王聖魔法士はやることが違いますねぇ」
手元の書物から顔を上げた老人の言葉にシャノンはげんなりと眉を寄せる。
「……人聞きの悪いこと言わないでくれる? 彼女は聖ヴァイオン教会付きの聖女。リゼルカ・マイオールだよ。連れてくるって先に言ってただろ」
「ああ、例の……“
「急を要する……すっとばした。これからやる」
老人は目を丸くして、シャノンとリゼルカを順番に見て、呆れたような溜息を吐いた。
「ははぁ……なんともお綺麗な方ですね……あぁ、それで……」
「あのさ、爺さん、思い込みと偏見で勝手に人を蔑むのやめてくれる? 頼んでたことは何かわかった?」
シャノンがぶつくさ言いながら腕を組む。
「もちろんです。伊達に二百年生きておりませんよ。私を誰だとお思いですか?」
「クソジジィだと思ってるけど……」
シャノンの失礼な言葉に、老人はさして意に介した様子はなく、脚立からぴょこんと降りるとリゼルカに向かって優雅なお辞儀をした。
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