第一章 失われた魔力 ③
***
リゼルカはあたりを見まわす。
そこは石造りの見知らぬ部屋だった。薄暗く、籠った空気はおそらく地下室だろう。
壁際には大量の木の枝が積まれ、そこに宝石の付いた杖が何本も無造作に立てかけられている。中央にある木製のテーブルには薬瓶や紙束が所狭しと置かれ、付近の床には書物や乾燥した植物の大きな葉が散らばり、雑多な物に溢れている。
リゼルカの足下には白墨で書かれた魔法陣があり、その周囲だけは避けられるように物が何もなかった。
すぐ背後にシャノンがいたので、ぱっと距離を取った。彼の落ち着いた顔から予定通りの場所に来れているのだろうとあたりをつける。
シャノン・フェイ・ユーストスは国王の宰相である筆頭王聖魔法士の一人息子だ。魔法士としては飛びぬけて優秀だが、かなり破天荒で評判の男だった。
彼は王族に次ぐ身分を持ちながらも平気で外を一人で出歩き、ふらふらと遊びまわっている。特に女性関係は奔放であり、抱いた女は千人を超えるという噂で、リゼルカには嫌悪の対象だった。そして、それがなかったとしても、軽薄で飄々としていて人を食ったような態度の彼は苦手な部類の人間だった。
リゼルカがシャノンと最初に出会ったのはお互いが十二歳の頃だ。リゼルカは庭師であった養父の仕事に連れられて半年ほどの間、シャノンの屋敷を出入りしていた。
広大な屋敷で、美しい服を着て最先端の教育を受けているシャノンは、当時は今のように軽薄ではなかったが、いつも不機嫌でやたらとリゼルカにつっかかってきて、とても嫌な奴だった。昔馴染みといえど、リゼルカはシャノンと仲がよかった時期が一度もない。
焦ってついてきてしまったリゼルカだったが、気になることは沢山あった。
なぜ、シャノンはリゼルカが魔力をなくしたことを知っていたのか。なぜ、彼が直々にやってきたのか。そのすべてが不思議なことだった。
けれど、そんなものすべてをあとまわしにしてでも、リゼルカはすぐに魔力を取り戻す方法を聞きたかった。
目の前の美麗な男は優雅にマントを払って直していたが、リゼルカがじっと見ていることに気づくと、ようやく表情をゆるめ、口を開いた。
「えーっと、最近各所で不穏な動きがいくつかあってさ……そこに教会設立以来の高い能力を持つ君が突然魔力を失ったという情報が入った。
シャノンはペラペラと軽薄な調子で言う。けれど、彼が言った言葉はどれもリゼルカが期待したものとは違っていた。
「シャノン、話が違います。保護とかなんとか、私は望んでません。魔力を戻せるというからついてきたんです」
「……相変わらずクソ真面目でせっかちなんだね、君……」
「貴方と比べたら大概の人はものすごく真面目です」
「君と比べたら大概の人は不真面目だよ。久しぶりだけど、君……ほんと変わんないねー」
飄々と言い返してくるシャノンをじっと睨みつける。
「そんなカッカしなくても、聖女の魔力についても王城に詳しい者がいるから、今、詳しい文献をあたらせているよ。すぐに行こう」
「そうしていただけるとありがたいです」
二人の間にヒンヤリした空気が流れていた。
詳細は道中で聞けばいいと、出口に向かおうとしたリゼルカを、シャノンが引き止める。
「どこ行くの? こっちだよ」
シャノンはまだ、先ほど教会から移動した際に使った魔法陣の上にいた。
「これは『グエスミスタ』と呼ばれている古い移動魔法陣。自分の書いた魔法陣ならば、呪文と合わせて定点から定点への移動ができるんだ。よく懐古的だって言われるけど、僕はこれが気に入ってて使ってる」
「……教会にはそんなものなかったと思いますが」
シャノンはへらりと笑う。
「あぁアレ? 以前ちょっと仕込ませてもらったんだよ。そんで緊急だったから使った」
シャノンが現れたのは主聖堂の長い通路の上だ。まさか、あの赤い絨毯の下にそんなものが仕込まれていたなんて、いつの間に。
「前もって忍び込んだということですか? なんてことを……あなたは立場があるというのに以前から軽率な行動が……」
「あーもう、うるさいなぁ、さっさと魔力取り戻したいんでしょ? ほら行くよ」
「ちょっと……待ちなさい」
慌てて魔法陣に入ると、シャノンが異国の言葉のようなものを短く唱え、転移はすぐに始まった。
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