第一章 失われた魔力 ②
***
リゼルカは重い足取りで教会の主聖堂へと向かっていた。
リゼルカが魔力を失ったことは、口止めの甲斐なく、瞬く間に教会中に広がった。リゼルカ以外の聖女では対応できない案件が頻発したためだ。翌日にはもうパトリック司教の耳にも入り、呼び出されたのだ。
季節は夏の終わりで、外は晴れていたが、湿った風が吹いていた。
リゼルカはシルバーブロンドの髪が顔に張り付くのを指で避け、憂鬱な気持ちで主聖堂の重い扉を開けた。
聖ヴァイオン教会の主聖堂は古い石造りだが、意匠が凝らされた広く立派なものだ。
荘厳なステンドグラスの張られた高い天井、礼拝席に挟まれた長い通路には上質な赤い絨毯が敷かれ、その先にある大理石の祭壇の前にパトリック司教はすでにいた。
「来ましたね。リゼルカ」
総白髪で灰色の瞳のパトリックは、五十前後のはずだがそれより上にも下にも見える。いつも落ち着いていて、どんなときでも穏やかな笑みを湛えている。
「あなたが魔力をなくしたと聞きました」
「……その通りです」
パトリックは親代わりであり、恩人であった。
優しく高潔な彼のことだからリゼルカに魔力がなくなってもすぐに追い出すことはしないだろう。けれど、このまま役立たずになった自分をここに置いてもらうのは、リゼルカ自身が許せそうになかった。
リゼルカにとって、聖女であるということは唯一の誇りだった。ほかになんの取り柄もないリゼルカはここでやっと、聖女として存在理由を得ることができたのだ。
今、リゼルカが身を切る思いで積み重ねてきた魔力は体内に気配すらなく、代わりに途方もない焦りが体を満たしている。外からはわかりづらくとも、リゼルカは追い詰められていた。それでも、どうすればいいのかわからない。
穏やかな視線を向けるパトリックと、表情なく向かい合うリゼルカの間には陽光が射し込んでいて、あたりはごく静かだった。
────ひゅう。
小さな風が前髪を撫ぜ、振り返ると背後に小さな竜巻のようなものが発生していた。
そして一瞬ののちに、そこに美しい男が現れた。
男はすらりとした長身で、金色の髪は無造作に肩のあたりまで伸びている。碧色の瞳は大きく、その顔は人形のように整っている。
「あなたは……」
リゼルカの昔馴染みであり、王聖魔法士のシャノン・フェイ・ユーストスだった。
彼の突然の出現に、パトリックを見る。パトリックの瞳も驚いていた。
「なんですか急に。ここは王国の魔法士といえども勝手に立ち入ることは許されていませんよ」
パトリックがそう言うが、彼は司教がそこにいることに気づいてもいないような無関心さで、まっすぐリゼルカだけを見て言う。
「リゼルカ、魔力を取り戻したいなら僕と一緒に来るんだ」
「なぜそれを、あなたが……」
「説明はあとだ。どうする?」
──魔力を、取り戻せる?
リゼルカにとって積み上げた魔力は何よりも大切なものだ。どの道魔力が戻らなければ教会で聖女としては働けない。どんな方法を使っても、なんとしても魔力を取り戻したい。
「行きます」
リゼルカは即座に答えて、彼の目の前へと向かっていく。
「待ちなさい、リゼルカ……!」
いつも温和なパトリックが珍しくうろたえた声を出したが、その時には遅かった。
ふわり。群青の布がはためき、リゼルカの視界を埋める。
リゼルカはパトリックの目の前でシャノンのマントに囲い込まれ、次の瞬間には主聖堂から姿を消していた。
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