第一章 失われた魔力

第一章 失われた魔力 ①

 孤児であったリゼルカ・マイオールは十三歳で聖女の力に目覚め、二十歳の現在にはどんな病も癒してしまう奇跡の聖女として稀有な存在となった。


 聖女は人の病や傷を体内に取り込んで浄化し、魔力に変換することができる。病や傷を取り込めば取り込むほど魔力は高まり、より短い時間での治癒が可能となっていく。けれど、魔力が弱いうちは聖女も長時間苦しむことになり、魔力量に痛みが勝ると治癒ができないこともある。


 過去の歴史を紐解けば戦場で複数人の聖女を贄のように使って治癒が行われた事例もあったが、長く平和が続くうち、聖女たちの人権は教会によって保護されるようになった。現在の彼女たちは神聖な象徴として、儀式の際に小さな切り傷を治す奇跡を民衆に見せるために教会に置かれる存在でしかなくなった。そのため、魔力が強い聖女はあまりいない。

 そんな中、リゼルカの規格外に高まった魔力は、彼女の所属する聖ヴァイオン教会を、奇跡を起こす特殊な医療施設へと変えてしまった。



   ***



 教会の治癒室から出てきたリゼルカに、ほかの聖女が駆け寄ってくる。


「リゼルカ様、終わったばかりですみません。ウィドル病の患者さんなのですが……ほかに対応できる者がいないんです」

「すぐに行きます」


 ウィドル病は病原菌が体内に入ることで発熱や呼吸障害や全身の痛みを伴う難病だ。普通の医療機関にはまだ治療法がない。


 リゼルカがその患者のいる治癒室へと入ると、小さな少年が苦しげなうめき声を上げていた。

 リゼルカは少年の腹部に手をあてがい、そこにある目に見えない塊を吸い上げる。


 どくん。


「う……っ」


 すぐに少年の感じている激しい苦痛が体に乗り移ってくる。脂汗が滲み、立っているのも困難な状態になり、膝をついた。逃げ出したいような気持が小さく湧くが、それでも手は離さない。じっと、患者を見つめて精神を集中させ続ける。

 赤い光がリゼルカの全身を包み、それがやがて紫となり、次第に青く変化していく。


 数分後、リゼルカは治癒室から出た。

 平然とした顔で出てきた彼女に、聖女たちが声をかける。


「も、もう……終わったのですか?」

「ええ。今は眠っていますが、あの子は明日にも帰れます」


 戻っていくリゼルカの背に、ほかの聖女たちがひそひそと囁き合う。


「さすがリゼルカ様ですね……」

「あの病気の発作は、悶絶して意識を失うほど苦しいと聞くのに……」

「リゼルカ様は、痛みや苦しみを感じないんじゃないかしら」


(そんなわけないでしょう)


 心中でリゼルカはつぶやく。


 リゼルカは痛みも、苦しみも、人並みに感じる。

 けれど、幼い頃から厄介者として親戚をたらいまわしにされていたリゼルカの才能を、この教会を取り仕切っているパトリック司教が初めて見出してくれた。だから、どんな患者も断らなかった。


 リゼルカが能力を上げると、評判を聞いた難病の患者が藁にもすがる思いで教会を訪ねてくるようになった。

 リゼルカは腕が腐り落ちそうになっている患者も、血を吐きながらのたうちまわる患者も、すべて断らず、治癒させてきた。そうして、数いる聖女の中でパトリック司教の片腕といわれるまでに上り詰めた。


 リゼルカは、やっと自分を必要としてくれる居場所を見つけたと思った。

 それなのに。



 その朝、寝苦しい夢から目覚めたリゼルカは身を起こした。

 体がひどく重い。なんとか身支度を整えたが、朝食を取る気にもなれず、座っていた。


 そこにいつものように聖女見習いのシエナが入ってくる。


「リゼルカ様、本日の患者さんが来ました」

「はい」


 シエナの説明を聞きながら治癒室に向かう。その時点でずっと違和感はあった。

 治癒室の前に立った時、はっきりと自分の持つ違和感の正体に気づく。リゼルカは扉の前でドアノブに手をかけたまま固まっていた。


 シエナがびっくりした顔でリゼルカを見た。


「リゼルカ様、どうかされましたか?」

「治癒は、できません」

「え?」

「魔力が、なくなったのです」


 リゼルカはすべての魔力を失ってしまっていた。

 シエナは口を小さく開けて、驚きを隠せない様子だった。


「ど、どうして……」

「わかりません。ですが、すぐに戻るかもしれません。少し伏せておいてもらえますか」

「……はい」


 それでもリゼルカの、どこか冷淡にも見える紫水晶の瞳と、神秘的と評される美貌は、側からは決して表情をうかがわせなかった。

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