ドキドキの原因は異端審問とあなたです

アソビのココロ

第1話

『被疑者フローラ・サンズ。この審問の場において、偽りを口にせぬことを誓いなさい』

「ち、誓います!」


 ああああ、ついに異端審問が始まってしまいました。

 私は国教である昂神教の信徒ではなく、異世界教徒だと思われているのです。

 どうも私の言動が異世界教徒に似ているとのことで。


 私は子供の頃から昂神教の教会に通っている、ただの町娘ですよ。

 異世界教徒なんてことはないですのに。

 でも異端審問は、最近本で読んで怖いものと知りました。

 異端扱いされてしまうと、魔女として火炙りになったりするんでしょう?


 えっ? 異世界教徒ですか?

 私もよくは知らないです。

 何でも他所の世界から来たと言い張る、頭のおかしい人達ということしか。


『これは『偽証のベル』です。偽りは無駄だと知りなさい』

「はい」


 ウソを言うと鳴る魔道具だそうです。

 そんなすごい魔道具があるとは。

 緊張でドキドキします。

 でも逆に私がウソを吐いていない証明にもなりますよね?

 弁護人が私に注意してくれます。


「注意してください。『偽証のベル』は、被審問者の心が揺れていると、ウソでなくても鳴ってしまうことがあるんです」

「えっ? そうなんですか?」

「はい。だから深呼吸して、心を落ち着けてくださいね」


 弁護人のフィリップさんは、スマートでとても頼りになる方です。

 ええと、深呼吸して心を落ち着けるんですね。

 ヒッヒッフー、ヒッヒッフー。

 よし、大丈夫です!


『審問を始める』

「は、はい」

『連続して一〇の質問を行う。最初に頭に浮かんだことないし言葉を、すぐに答えよ』

「わかりました」


 動揺せずにしっかり答える、ですね。


『では参る』

「よろしくお願いします」

『何は最高のソース?』

「空腹」

『友達を二人選べ。愛と?』

「勇気」

『諦めたらそこで?』

「試合終了ですよ」

『エクスペクト?』

「パトローナム」

『青は進め、赤は止まれ、黄色は?』

「よく見てから進め」


 陪審のどなたかがギルティって言ってますけど、気にしないで質問に集中します。


『白いアヒルに名前を付けるとしたら?』

「アフラック」

『貧乳は何?』

「ステータス」

『テステス。本日は?』

「晴天なり」

『安心してください?』

「はいてますよ」

『さーて?』

「来週のサザエさんは」


 変わった質問でした。

 でもスラスラ答えられたと思います。

 『偽証のベル』も鳴りませんでした。


『陪審諸君、見解はいかに?』

『『『『『完全にギルティ』』』』』

「何でえ?」


 一様に困惑する陪審の方々。


『いや、先ほどの質問の回答から得られた異世界教徒度スコアは、一〇点満点で九ないし一〇だ』

『しかも『偽証のベル』は鳴らない。被疑者のあなたは真実を語っていた』

『むしろ何故これで異世界教徒でないと言い張れるのか……。理解に苦しむ』


 ええ?

 私は異世界教徒なんかではありませんってば!

 こんなことで火炙りとか冗談じゃありません!

 弁護人フィリップさん笑ってますけど、助けてくださいよ。


「陪審の皆さん。迂遠ではありませんかね?」

『何がです?』

『司教、弁護人の発言は無意味だ』

『弁護人は発言の意図を明確にせよ』

「陪審の皆さんに質問します。先ほど一〇の質問でフローラ嬢の信仰を見定めようとしました。それは何故ですか?」

『古式ゆかしき手法に則ったものだ』


 フィリップさんは何を言っているのでしょう?

 よくわからないですけど、勝ち目があるのでしょうか?


「魔道具『偽証のベル』のなかった時代の手法ですよね?」

『ふむ?』

「こうすればいいんですよ。フローラ嬢、あなたは異世界教徒ですか?」

「違います!」


 『偽証のベル』は鳴らない!

 得意そうなフィリップさん。


「どうです? フローラ嬢が異世界教徒でないことは証明されましたよ」

『被疑者フローラ・サンズに著しく異世界教徒寄りの言動があることは事実。しかし本人に異世界教徒の自覚なし。よって無罪!』


 司教の持つガベルが打ち鳴らされます。

 よかった!

 フィリップさんのおかげです!


「ところで司教様。もし私が異世界教徒と判定されたらどうなっていたんですか?」


 やっぱり火炙り?

 それとも車裂き?


「む? どうもならぬよ」

「へ?」


 どうもならない?

 異端審問なんですよね?

 異端者には厳しい刑罰がつきものなのではないのですか?

 いや、そもそもどう判定されても罪も罰もないなら、審問自体に何の意味もないのでは?


「ああ、フローラ嬢は疑問じゃったか。いや、近頃の流行本のせいで、異端審問が恐ろしいものと思われておるのじゃ」

「あ……」

「翻って昂神教にもまた疑いの目が向けられておる。神と神の使徒が怪しげなものと思われるのは大変心外である」


 心当たりがあります。

 私も同じように、異端審問怖いと思ってましたから。


「昂神教にも古くは異端審問があったのじゃ」

「古くは、なのですか?」

「うむ。しかしそれは穏やかに教え諭すというものだったのじゃ。説法で事足りるゆえ、次第に廃れてしもうた」

「存じませんでした」

「じゃろう? 流行本の影響で大いに誤解されておる」


 大いに誤解しておりました。


「あのう、異端審問が昔に行われた手法、ということはわかりました。流行本のように残酷な罰則がないということも」

「うむ、重畳である」

「私に異端審問が適用されたのはどうしてですか?」

「む? 意図が伝わっておらなんだか。それはすまぬの」


 司教様が続けて説明してくださいます。


「現在昂神教では異端審問が行われていないということも、厳しい罰がないということも、全く巷間に知られておらぬ。昂神教のイメージダウンにも繋がるため、まっことよろしくない。そこでフローラ嬢に協力を願って、異端審問とはこういうものであるというデモンストレーションを行うことにしたのじゃ」

「あっ、デモンストレーションだったんですか?」

「む? これも知らなんだのか? 傍聴席に新聞記者がいたじゃろう?」

「そういえば……」

「本来異端審問はごく個人的な内容を含む。新聞記者などに傍聴させぬものじゃ」


 疑似異端審問を行って、昂神教は怖くないというイメージアップ作戦を新聞報道を通してするつもりだったんですか。

 わかりませんよ!


「フィリップ司祭。お主フローラ嬢に説明しておらなんだのか?」

「説明していませんでした」

「何故じゃ?」

「実はフローラ嬢と話している内に惹かれてしまいまして」

「えっ?」


 フィリップさんは素敵な人ですし、光栄ですけれども。


「異端審問では僕に頼ってもらいたかったんです」


 あれ?

 おかしな魂胆を告白していますよ。

 フィリップさんは面白い方でもあったんですね。


「フローラ嬢に対して不誠実ではないか」

「僕はサプライズのつもりでした」


 サプライズ……まあ確かに。

 異端審問にかけられると告げられた時には、心臓が止まるほど驚きましたが。

 でもフィリップさんに踊らされてたと思うと悔しいですね。


「フローラ嬢に頼られて快感で快感で」


 もう、フィリップさんったら意地悪なんですから。

 いくら涼やかなお顔が私好みだって許せません!


「フローラ嬢、僕と結婚を前提にお付き合いください」

「お断りいたします」


 私もフィリップさんに惹かれていることは自覚しています。

 でもちょっとくらいの意趣返しは許されると思います。

 だって、本当に怖かったんですからね!


「フローラ嬢。フィリップ司祭はこう見えて有能な男ですぞ」

「僕のことが嫌いですか?」

「嫌いです!」


 チリンチリンと音がします。

 何でしょう?

 あっ、『偽証のベル』?

 フィリップさんが満面の笑顔です。


「フローラ嬢も僕のことを……」

「……」


 私もフィリップさんのことを好きなのがバレてしまいました。

 恥ずかしいです。


「改めてお願いいたします。フローラ嬢、僕と結婚を前提にお付き合いください」

「……」

「異端審問について情報を絞ったことについては御寛恕ください。フローラ嬢の気を引きたかったんです」

「……」

「僕の手を取っていただけませんか?」

「……はい、よろしくお願いいたします」


 司教様や陪審の司祭様達、新聞記者が拍手してくれます。

 照れますね。


「フローラ嬢。昂神教の訓話に『産めよ増やせよ』というのがあるんですよ」

「まだ早いです! 余韻に浸らせてくださいよ!」


 アハハと笑い合います。

 朝家を出てきた時には身体が震えていたのに、今はとても幸せな気分です。

 ……『偽証のベル』ですか。


「……イマイチフィリップさんのことを信じられないんですよ」

「あっ、ベルが鳴らない? ということは?」


 再びの笑い。

 勘弁してくださいよと言うフィリップさん。

 私を信じさせてくださいね。

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