伝言
翠
第1話
【6/24 ここで傘のやり取りをした方
覚えていたら連絡ください】
駅の伝言板に一言、メッセージが書かれていた。
小さな小さな文字で、願い事を込めた様に書かれていた。
それはもう1年も前のことになっている。
≪お降りの際は傘の忘れ物にご注意ください≫
雨が降っていた。
町全体を覆いつくすほどの雨が降っていた。
「ついてない」
空を睨みながら女の子がそう呟いた。
その子の両手には傘が無かった。
「どうしよう……こんなに降るなんて思わなかった」
駅の改札を出た後に、駅構内で顎に手をつきながら困っているようにそう呟いた。
その時だった。
「良かったらこれ使って」
女の子の目の前に一本の男物の傘が差しだされた。
「え?」
驚く女の子の手に、男の人は強引に傘を握らせた。
「俺必要じゃないからさ」
グッと込められた力に女の子は抗えずに傘を握る。
「あの……」
そう女の子が言う時には、男の人はもう外に走っていった。
「行っちゃった……」
傘と男の人が去っていた方向を2回見てから、女の子は傘を開いた。
その数日後。
駅の伝言板に女の子がやってきた。
チョークを手に取り、何事かを書いていく。
書き終わった後、女の子は一度だけ周りを見渡して、誰も居ないことを知って肩を落として歩きだした。
それから伝言板に何人かが目を通した。
ある人は端から端まで。
ある人は途中まで。
ある人は何か面白いものがないかとキョロキョロしながら。
その中に女の子の望んでいる人の姿は無かった。
梅雨が明けた。
夏がやってきた。
伝言板の文字は相変わらずだった。
今年の最高気温を毎日毎日更新し続ける夏真っ盛りだった。
それでも伝言板の文字は相変わらずだった。
そのうちに夏の暑さも和らいで、秋の訪れがやってきた。
やっぱり伝言板の文字は相変わらずだった。
紅葉真っ盛りとなった。
伝言板に何かしらの変化は見られなかった。
チラチラと雪が降るほどに気温が低くなって冬に入った。
伝言板に一人の男性が立っていた。
【あの傘はあげます。どうぞお気になさらず】
無骨な文字で、女の子の文字の隣に書き足された。
数日後、それまで週に2回伝言板を確認しに来ていた女の子が、男性の文字を発見したのはすぐだった。
すぐに女の子は新しく書き足す。
【お礼がしたいので、お名前と連絡先を教えてください】
その後少し迷った後に女の子は自分の名前を書き足した。
数日後、男性も新しい書き込みが目に入った。
書き込みを読んで、とても困った様な顔をした。
「お礼なんていいのに…‥」
そうは言ってみるものの、多分件の女の子はそう書いても引き下がらないような気がした。
「どうしよう……」
困っているところに一人の女の子がやってきた。
伝言板の前に男の人が立っているのを、女の子も困っていた。
しかし、すぐに何かピンときたのか、女の子は男の人に声をかけた。
「あの……傘の人ですか?」
男の人は、後ろを振り返り、女の子を確認してから、
「はい……」
と答えた。
その答えを聞いてすぐに、
「あの時はありがとうございました。お礼がしたくて」
と言うと、
「お礼なんていいんですよ。あの傘は貴方にあげたようなものなんで」
と男の人も言った。
「それじゃあ私の気が収まりません。どうかお礼を」
「いえいえ、お礼は」
そんなやり取りを数回した後、お互いにこれは不毛だと気が付き、言うのを止めた。
男の人が口を開いた。
「じゃあ喉が渇いたので、カフェにでも行きませんか?」
女の人もそれに同意して、
「では支払は私が持ちますので」
と言って二人仲良く駅近くのカフェに行った。
その後はどうなったのか。
女の人と男の人は順調に交際を重ね、今年ようやく待望の赤ちゃんが誕生するんだとさ。
伝言 翠 @Sui_00
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