第19話 救出へ

 鬼ヶ島の岩山の城は、天然の岩山を利用して造られているようだった。

 裏切り従者がキュウビに乗って天辺てっぺんに向かったということは、上から入ることもできるのだろう。


「上からだと不意打ちをされた時にかえって不利だ」

 とベンケイ、いやイワナガ様が言った。

「それに歩いて行けば心の準備もできるしな」

 そう言いながらイワナガ様は私を見た。

 私はうなずいた。


「この前あなたに渡した鏡を使うのよ、桃ちゃん」

 私は、さっきアマテラス様に言われたことを改めて思い出した。

「使うのは、キュウビの目の前に立ってからにしましょう」

 アマテラス様はそう付け加えた。

 あまり早くに使うと感づかれてしまうかもしれないのだそうだ。


 私達は岩山に穿うがたれた暗い通路を登って行った。

 そのあいだ私は、懐にしまってある鏡を握り続けた。

(待っててね、孤々乃……)


 やがて私達は天井の高い広間のようなところに出た。

 奥には玉座のようなところがあり、裏切り従者が座っていた。

 裏切り従者は玉座の肘掛ひじかけに片肘かたひじをついてニヤニヤとしている。

 玉座の後ろにはキュウビが玉座を守るように、そして侵入者である私達を威嚇するのように控えていた。

 キュウビの後ろには空が見える。

 元々壁が無いのか、壊して開けたのか分からないが、キュウビと従者はそこからここに入って来たのだろう。


「どうやら、お待ちかねだったみたいだな」

 イワナガ様がちっとも面白く無さそうな笑い顔で言った。

「そのようね」

 そう言うアマテラス様の声も落ち着いている。


「もちろんですとも、皆さん」

 裏切り従者は、慇懃いんぎん気色きしょく悪いねこで声で言った。

「この暗黒の妖獣キュウビがこうして顕現けんげんできたのも、あなた方のお仲間のお嬢さんの協力があってこそですからねぇ、ふふふ」


「なっ……!」

 あまりの憎たらしさに、思わず私は一歩前に踏み出しかけた。

 その時、


 ブチッッ!


 という音が聴こえたのではないかと、私は錯覚した

 私の斜め前に立っていたイワナガ様が、強烈な怒りに全身を震わせたのだ。

 今、イワナガ様は神の力のすべてを注ぎ込んで怒りを抑え込んでいる。


(キュウビの中には孤々乃が……)

 神であるイワナガ様ならキュウビを斬って倒すことができるのだろう。

 だけど、それをすれば中に囚われてしまっている孤々乃も一緒に斬ってしまうことになる。


「では、このキュウビの素晴らしさの一端をお見せするとしましょうか」

 そう言って裏切り従者はサッと手を振った。

 それに呼応して、黒銀色くろぎんいろのキュウビが鈍い光を放った。

 光はキュウビから飛び出し、キュウビと同じ黒銀色の獣となって私達に襲いかかってきた。


「ここは、われらに任せてもらおう!」

 うしろで控えていたライコウと四天王が素早く前に出て、けだものどもを迎え撃った。

 さっきは、暗黒の獣をほとんど一撃で倒していたライコウ達だったが、黒銀色の獣はそうはいかなかった。


「気をつけろ、こいつら手強てごわいぞ!」

 ライコウはそう叫びながら、目にも止まらない速さの斬撃ざんげきを、目の前の獣に何度か浴びせた。

「「「「おおーー!」」」」

 こたえる四天王もライコウにならって一体の獣に数度ずつ攻撃した。


「桃ちゃん」

 アマテラス様が私に合図をした。鏡を使えという合図だ。

「はい」

 私は懐から鏡を取り出して、華耶と和叶を見てうなずいた。

 華耶と和叶が両側から私が持っている鏡を見た。


 鏡を持つ手に力が入る。

 私は大きく息を吸い込み、念じるように鏡に呼びかけた。

「孤々乃……」

 鏡に映っていた私の顔がぼやけて、白くただよう煙が見えてきた。

「孤々乃!」

「孤々乃!」

 和叶と華耶も鏡に向かって呼びかけた。


 やがて、鏡に映っていた白い煙が薄れていき、目を閉じた孤々乃の顔が見えてきた。

「「「孤々乃!」」」

 私達は声を合わせて孤々乃の名を呼んだ。


 息を呑むような瞬間の後、鏡の中の孤々乃がゆっくりと目を開いた。

「孤々乃……」

 私は鏡に顔を近づけて、孤々乃がすぐ目の前にいるかのように呼びかけた。

「……あ……」

 孤々乃が小さく囁いた。

「「孤々乃……」」

 華耶と和叶も鏡に顔を近づけて静かに呼びかけた。


「……みんな……?」

 孤々乃が問いかけるように言った。

「孤々乃、私達の声が聞こえる?」

 私が問いかけると、

「うん……聞こえる……」

 そう答えると、孤々乃の顔が少しだけ微笑んだように見えた。 

 が、その一瞬後、微笑みが崩れ、孤々乃はボロボロと涙を流し始めた。


「……私……怖い……」

 やっとのことで言葉を絞り出す孤々乃。

「うん、すごく怖いよね、でもね、きっと、きっと助けるから!」

「うん、ちょっとの間だけ待ってて!」

「絶対に孤々乃を助けるからね!」

 私、華耶、和叶はあらん限りの元気を振り絞って孤々乃を励ました。


「それでね、孤々乃」

 私は言った。

「……うん……」

「孤々乃に一つだけやってもらわなきゃならないことがあるの」

「……うん……」

「私達のことは見えないかもしれないけど、私達のことを思いながら手を伸ばしてもらいたいの」

「手を……?」

「そう!私達が孤々乃の手を握れるように」

「できるの……?」

「うん、できる!」


 正直に言えば、できるのかどうかは私には全く分からなかった。

 アマテラス様は、

「孤々乃ちゃんの心とあなた達の心は強くつながってるわ」

 と、ここに来る前に私達に言った。

 そして、

「孤々乃ちゃんは強い妖力も持っているから」

 私達との強い繋がりを頼りに、キュウビの呪縛から脱することができるかもしれない。

 というのがアマテラス様が私達に教えてくれたことだ。


「……やってみる……」

 そう言う孤々乃の顔は涙に濡れていたが、もう泣いてはいない。

「……うん、私達も、やるからね……!」

 そう言う私のほうが涙声になってしまっている。

「もう……桃は泣くの早すぎ……!」

 そう言う華耶も涙声だ。

「そうだよ……これからだよ……!」

 と和叶がすすり泣きを我慢しているのがバレバレな声で言った。


「孤々乃ちゃんとは繋がれたかしら?」

 後ろで私達を見守っていたアマテラス様が言った。

「はい」

「よかった、それじゃライコウさん達」

 と、アマテラス様はライコウと四天王に声をかけた。

 ライコウ達は、無限に湧いてくるのでないかと思えるほどの数の黒銀の獣達と、今も激闘を繰り広げている。


「もう少し頑張ってもらえるかしら?」

 穏やかながら有無を言わせない響きを帯びた声で、アマテラス様が言った。

「も、もちろんです……!まだ、まだ……余裕ですよ、なぁ諸君……!」

 そう言うライコウの顔はあかく上気して汗だくである。

「わははは……はぁはぁ……平気の平左へいざ……はぁはぁ」

 四天王一の元気のかたまりのキンちゃんが陽気に答えた。

 だが、見るからに疲労ひろう困憊こんぱいな様子で、他の三人も同様だ。


「ライコウさん、お願い!」

「孤々乃を助けたいの!」

「四天王のみなさんも頑張って!」

 私達はあざとさ全開で(華耶と和叶はともかく、私のが効くかどうかは怪しいけど)ライコウ達に頼んだ。


「しゃあぁああああーーーー!」

 ライコウが雄叫おたけびを上げた。

「お任せを!」

「どんとこいじゃぁああーーーー!」

「我らの活躍を祈って下され!」

「心配ござらん!」

 四天王も俄然元気が出たようだ。


(よかった!)

(効いたみたいだね!)

(うんうん!)

 私達は顔を寄せ合ってヒソヒソ言って喜んだ。

 女子力?も使いようである。


「それじゃ、いいかしら?」

 そばにいたサクヤ様が言った。

「「「はい!」」」

 サクヤ様は華耶の額に自らの額を合わせた。

 すると、華耶がほんのりと光に包まれて、まとっていた羽衣がふわふわとただよい出した。

「これで、二人を連れて飛ぶことができると思うわ」

 サクヤ様が光輝く笑顔で言った。


(((美しすぎる!)))

 サクヤ様の神々こうごうしい笑顔に見惚みとれてしまっている私達に、

「さあ、行ってらっしゃい」

 と、サクヤ様が言い、

「孤々乃ちゃんをお願いね」

 ウカ様が穏やかで優しい顔を心配で曇らせながら言った。


「「「はい、行ってきます!」」」

 そう言って私達は、華耶を真ん中にして手をつないだ。

 そして、私達の大切な友達、孤々乃を助け出すべく、暗黒の妖獣キュウビを見上げてにらみつけた。

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