第15話 鬼ヶ島へ

 ズドォオオオオーーーーン!

「ありがとうございまぁああああーーーす!」

 バコォオオオオーーーーン!

「あぁりがとぉおございまぁああああーーーーす!」


「いやぁ、今日も孤々乃は絶好調だねえ」

 孤々乃の鮮やかな闘いっぷりに感心して私が言うと、

「もう、やめてよぉーー」

 孤々乃は私を見てほっぺをプクッと可愛らしくふくらませて言った。


 酒呑童子との闘いの翌日、私達は鬼ヶ島での闘いに向けての訓練の意味も含めて、闘技場で闘う事となった。


「思いっきりやれ。うちの連中はやられても死ぬわけじゃないからな」

 酒呑童子が、私達に向かって言った。

「死なないって……」

 和叶わかなが聞いた、

「こっちの世界の者はやられても一日で復活するんだよ」

「一日で復活!?」

 華耶が驚いて聞いた。

「そうだ、ここはお伽界で現世ではないからな。だが……」

「……?」

「お前達、現世の人間は違うぞ」

「「「「え?」」」」

 私達の顔が一瞬で真っ青になった。


「それって……」

「もしかして……」

「死んじゃうの……?」

「いやぁ……」

 私達は四人で固まって抱き合いながらブルブルと震えた。

「いや、死ぬことはない」

 そばにいたベンケイが言った。

「現世の者はお伽界でやられても、元の世界に戻るだけだ」

「はぁああ……」

「よかったぁーー」

「びっくりしたぁ……」

「うんうん……」

 抱き合いながら胸をなでおろす私達。

「ただな」

 酒呑童子が言葉を継いだ。

「ただ……?」

「お伽界での記憶をすべて失って、やったこと全てが無かった事になってしまうんだよ」

 酒呑童子の言葉にベンケイもうなずいている。 


「つまりは全部リセットされちゃうってことだね……」

「だね……」

「それも寂しいよね……」

「うん、楽しいことがたくさんあったし……」

 恐ろしさは薄らいだものの、全てが無かったことになってしまうと聞くと、やはりションボリとしてしまう。


「まあ、そうならないように気をつければいいさ」

「ああ、私もついているから心配するな」

 酒呑童子とベンケイが励ましてくれた。

「「「「はい」」」」


 そんなことがあって、孤々乃が(ならず者達たっての希望で)最初に土俵に上がり、むくつけき男どもをぶっ飛ばしているというわけだ。

「私達もやらなきゃだね」

 そう言って、和叶が孤々乃に替わって土俵に上がった。


 すると、今まで気づかなかったのだが、でかい図体の男たちの後ろにいた小柄な者たちが数人土俵に駆け寄ってきた。

 そして口々に、

「牛若様!」

「どうかお手合わせを!」

「お願いいたします!」

 と言った。

 その者達は、私達とほぼ同年代と思われる少女だった。

 赤や黄色、紫などの鮮やかな色のくのいち風の装束を身につけていて、手に手に小太刀を持っている。


「え……?」

 くのいち達の突然の登場に和叶は面食らってしまった。

 くのいち達の目は真剣そのもの。だが、その頬は心なしか薄紅色に上気している。

 真剣勝負を挑んでいるというよりは、憧れの人に出会えた嬉しさに溢れている、といった様子だ。


「やっぱねぇ、和叶はイケメンだから」

「モテモテだよねぇ」

「なっ……!」

 私と華耶の冷やかしにうろたえる和叶。

「うん、わかる……」

 孤々乃がボソッと言った。

「孤々乃……!」

 和叶が赤い頬で孤々乃に抗議する。

「期待に応えなきゃ、和叶!」

 私は和叶を励ました。自分のことじゃないから気楽なものである。

「もう……」

 赤らめた頬を膨らませて和叶が伝家の宝刀、薄緑うすみどりを逆手に構えた。


「参ります!」

 赤い装束のくのいちがそう叫んで和叶に向かってきた。


 キィイイーーーーン!


 すれ違いざまに一合、和叶と赤いくのいちが刀を合わせた。

 すると、

「参ります!」

 と、間髪を入れずに黄色のくのいちが和叶に向かって行き一合交わす。

「参ります!」

 そして紫のくのいちが……。


「あの子たち、すごく速いね」

「うん、そうだね……」

 華耶と孤々乃が言った。

「あの速さ、和叶じゃなきゃ敵わないね……」

 そう、私や華耶、孤々乃ではあの速さに付いていけないだろう。


 そんな素晴らしく速いくのいち達の攻撃を、和叶は鮮やかにさばいている。

 それはまるで一対三の剣舞を見ているようだった。


「ようし、それまで!」

 酒呑童子が声をかけると、くのいち達は、

「「「牛若様ーーーー♡」」」

 と、黄色い歓声を上げながら和叶に向かってまっしぐらに駆け寄って抱きついた。

「え……?ちょっと……」

 くのいち達に抱きつかれてどうしたらいいのか分からずに、和叶はドギマギしてしまっている。


「ああ、あの子達!」 

 孤々乃が苛立ちをあらわにし和叶に向かっていった。

 そして、

「牛若様ぁ♡」

「ありがとうございましたぁ♡」

「とっても幸せですぅ♡」

 と、和叶にまとわりついてハートを撒き散らしているくのいち達を、

「和叶から離れて!」

 と、一人ずつ和叶から引っがしては放り投げた。

「あ……妖術使ってるね、孤々乃……」

「だね……」

 私と華耶は鬼気迫る孤々乃を見て呆気あっけにとられてしまった。


「和叶、大丈夫?」

 三人のくのいちをあっという間に片付かたづけた孤々乃が、和叶の腕にすがりつきながら言った。

「あ……うん、大丈夫」

 孤々乃の熱い視線にたじろぎながらも、和叶は笑顔で答えた。


「それにしても、あんな女の子もいるんですね」

 私が酒呑童子に言うと、

「まあな、言うならばここは集落みたいなものだからな」

「でも……」

「ねぇ……」

 私と華耶は口ごもってしまった。

「村や町を荒らす極悪非道の悪党の巣窟そうくつなのにおかしい、か?」

 酒呑童子がニヤリと笑いながら言った。


「あ、ごめんなさい、そんなつもりは……」

 慌てて私が言うと、

「ははは、別に気にしてないさ。荒くれ者の集団なのは間違いじゃないしな」

 酒呑童子はおおらかに言った。

「それじゃ、村を襲ったりとかは……?」

「まあ、あれは、自作自演をしてるのさ」

「自作自演?」

「ああ。村にいる者たちもみんな仲間だ。とりあえずウチらは悪党という立ち位置を維持しなきゃならんからな」

「大変なんですねぇ……」

「まあ、ここは現実の世界とは違う、お伽の世界だからな。それぞれに役割というものがあるのさ」


 その後、私と華耶は、男たちとくのいちを相手に二人で連携技の練習をした。華耶が空中から牽制し、私が攻撃する。

 華耶は上からだけではなく、水平方向にも、それこそ地を這うような動きもできるようになった。


 こうして私達は、酒呑童子のもとでお伽界での戦闘に慣れていった。

 そして、その時がきた。

「それじゃあ、行くか。鬼ヶ島へ」

 ベンケイが言った。

 私達は少なくない緊張感を持ってそれを聞いた。

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