第14話 酒呑童子

「それじゃあ、あたしが相手になろうかねぇ」


 艶めかしい笑顔の酒呑童子が震える私達の前にゆっくりと近づいてくる。

 今しがたならず者たちをぶっ飛ばした狐々乃が一步前に出ている状態だった。

「あ……」

 狐々乃は口を開けて放心したように固まってしまっている。


「お前は……白狐びゃっこか?」

 狐々乃を見て酒呑童子が言った。

「なかなかの妖術を使えるようだが……」


 その時、

(……!)

 私は反射的に動いて、狐々乃の前に立ち塞がった。

 そして、一瞬後には華耶と和叶も私と並ぶように立った。

 すごく勇ましい振る舞いだが内心は、

(やってしまった……恐い!)

 と、ビクビクだった。


「ほう、あたしとやる気かい」

 そう言いながら酒呑童子は私達を順に見ていった。

「お前は桃太郎か……で、かぐやと牛若、白狐……」


(ど、どうしよう!)

(絶対に勝てるわけないよ!)

(無理無理無理!)

(もう、だめ……)

 私達はズリズリとすり足でお互いに近寄り、ヒソヒソ大声で泣き言を言った。


「言っとくが、あたしにはあんたの妖術は効かないからね」

 狐々乃を見ながら酒呑童子が言った。

「ひっ……!」

 狐々乃が恐怖の息を吸い込むのが聞こえた。

 それを聞いて私達は狐々乃を守るように、より一層固まって、手を握りあった。


「まあ、とはいえ……」

 酒呑童子は、腕を組んだ仁王立ちの姿勢を少し崩して、

「いざとなれば、あんたが出てくるんだろ?」

 と、わたしたちの後ろに向かっていった。

「もちろんだ」

 頼もしい答えが後ろから返ってきた。


「「「「ベンケイさん!」」」」

 私達は歓喜の声を上げながら後ろを振り返った。

 そこには、恐ろしげな薙刀なぎなたを肩に担いだベンケイが立っていた。

 彼女の表情は静かであったが、その酒呑童子を見つめる目には、相手を威圧する凄みが感じられた。


「わかったよ、降参だ」

 と、仕方ないといった感じで苦笑いしながら酒呑童子が言った。


「よかったぁああ……」

「死ぬかと思った……」

「まだ震えてる、私……」

「はぁああ………」

 一気に力が抜けた私達は、その場にぺたんと座り込んで動けなくなってしまった。


「そうと決まれば……」

 酒呑童子はそう言って、後ろにいる手下達を振り返った。

「お前ら、わかってるな?」

「「「「へいっ!」」」」

 酒呑童子の命令に答えた手下てした達は、何かの準備をするためなのか、それぞれ散らばって行った。


「何が始まるんだろう?」

 私がぼそっと言うと、

「決まっているだろう、うたげだ」

 酒呑童子が答えた。


「「「「宴!?」」」」

「そうだ。ついてきな」

 酒呑童子は驚く私達にそう言うと、広間の奥へと進んでいった。

「ベンケイさん……」

 私はどうすればいいのかと思って、ベンケイを見た。

「うむ……」

 ベンケイは頷いて、酒呑童子が歩いていった方を見た。

「行こうか……?」

 私はみんなの顔を見回していった。

「そう……だね」

「うん……ちょっと不安だけど……」

「ベンケイさんがいいって言うなら……」

 あまり気乗りはしないものの、私達は酒呑童子の後について歩き始めた。


 酒呑童子は、広間の奥にある暗い通路へ入っていった。

 私達はベンケイにしがみつくようにして通路へと入っていった。

 しばらく行くと、左側に大きな鉄製の扉があり、酒呑童子は私達が追いつくのを待って扉を開いた。

 扉を開くと、


「うおぉおおーーーー!」

「どりゃああーーーー!」

「ぐぁああああーーーー!」

 という、野太い男の声とともに、

 バシィイイーーーーン!

 バチィイイーーーーン!

 ズダァアアーーーーン!

 という、体をひっぱたくような、ぶつかり合うような、叩きつけられるような、とにかく凄まじい音が聞こえてきた。


「「「「……!」」」」

 中に入った私達は、その光景のあまりの凄まじさに言葉が出なかった。

 学校の体育館よりも広いであろう広間の中央には、一段高くなった四角い舞台(というか土俵?)のような物があった。

 その上では二人の逞しい男が体をぶつけ合い、平手打ちやら蹴りやらの応酬をしている。

 その周りでは同じような男達が舞台上の闘いを見ながら怒声のような声援を送っている。


「あ……あの、ここって」

 やっとのことで話すことができるようになった私が、酒呑童子に聞いた。

稽古場けいこば、とでも言えばいいかな。まあ、体を鍛えたりお互い闘い合ったりする場所だ」

 そう言いながらも酒呑童子は歩みを止めず、土俵を囲む男たちの後ろの一段高くなったところに私達を導いた。


 そこには、石でできた長いベンチが何段か並んで、ちょっとしたスタジアムのベンチのようになっていて、土俵での闘いを見物できるようになっていた。

「さあ、ここに腰掛けて見ていてくれ。じきに飲み食いできるものも出てくるだろう」

 そう言いながら、酒呑童子もベンチに腰掛けた。

 ベンケイは躊躇なく酒呑童子の隣りに座った。

 私達はベンケイの隣(酒呑童子とは反対側の)に順番に座った。

(酒呑童子さんの隣は怖いもんね……まだ)


「あの……」

 私は隣のベンケイに恐る恐る声をかけた。

「ん、なんだ?」

「私達は討伐に来たんですよね……?」

「まあ、そうだな」

「でも、何ていうか……」

 さっきの闘いもあっけなく終わってしまった感たっぷりだし、四天王たちの負け方もどこかわざとらしかったし。


 なんと言えばいいだろうと、考えているうちに、土俵を囲む男たちから大きな歓声が上がった。

 見ると、土俵の上にキンちゃんが上がるところだった。

「いけぇーーキンちゃーーん!」

 土俵脇でライコウが拳を振り上げて声援を送っている。


 やがて、強面こわもてのおっさんたちが食べ物や飲み物を持ってきた。

 そのおっさんたちも、狐々乃の妖術の影響なのかどうかわからないが、終始にこやかで親切だった。私達がここにきた時とは大違いだ。


「なんか力が抜けちゃうね」

 私が言うと、

「だよねえぇーー」

「うん……」

「そうだね」

 と、口々に言った。

「さあ、あんたたち、遠慮はいらないよ。どんどん食べて飲みな」

 酒呑童子が自らも飲み物を手にしながら言った。


「……はい」

 酒呑童子に対しては、まだ最初にあったときの恐怖感が残っていたので、私達の態度も恐る恐るといった感じになってしまっていた。

「……」

 そんな私達を見て、ベンケイは無言で頷いて見せてくれた。

 彼女が見せてくれた柔らかい表情が私達を安心させてくれた。


 こうして、私達は初めのうちこそこわごわだったものの、飲んだり食べたりしながら、土俵での試合のような闘いを見ているうちに、気持ちも和んできた。


「で?」

 酒呑童子がベンケイに聞いた。

「なんだ?」

 答えるベンケイ。

「次は、やっぱりあそこに行くのか?」

「ああ、そうなるな」

 二人の話を聞いて、私はもの問いたげにベンケイを見た。

 私の視線に気づいたベンケイが私を見た。

「あの……次って……」

 なんとなく予想はできだが、恐る恐る私は聞いてみた。

「もちろん、鬼ヶ島だ」

 サラッと言うベンケイ。


「……!」

「やっぱり……」

「鬼ヶ島……」

「だよね……」

 分かっていて当然のことだが、やはり改めて聞くとビビってしまう。

「まあ、見ての通りここは稽古場みたいなもんだ。鬼ヶ島に行く前に修行がてらウチの連中と闘っていくといい」

 ビビり気味の私達を見て酒呑童子が言った。


「それはそうと……」

 私は(まだ怖かったが)、疑問に思っていたことを聞こうと酒呑童子を見て言った。

「なんだ?」

 酒呑童子は先程までとはうって変わって穏やかな表情で私を見た。

「私達は、その……酒呑童子さん達を退治するのが役目だと聞いたんですけど……」

「退治したじゃないか」 

「それはそうですけど、なんというか……」

「ん……?」

 酒呑童子は私の次の言葉を待って首を傾げた。

「思っていたよりも、ずっと簡単に終わったように思ったものですから……」

「ああ、そういうことか」

 酒呑童子は柔らかく微笑んで言った。

「ここは言わば鬼ヶ島の決戦に向けての腕試しの場とでも言うのかな」

「腕試し……?」

「ああ、そうだ。結論から言えばあたし達が桃太郎に負けるのは決まっていたってことさ」


「「「「えっ?」」」」

 私達四人は一斉に驚きの声を上げた。

「もちろん、始めから簡単に負けてやるつもりなんて無かったがな」

「はい……」

「あれくらい闘えるなら鬼ヶ島の鬼相手でも良い勝負ができるだろうと思ったって訳さ」

 一層笑顔を大きくして酒呑童子は言った。


「良い勝負……ですか?」

「そうだ」

 私の問いに酒呑童子は、何か楽しいことでもあるかのような顔だ。

(良い勝負ってどういうことなんだろう……)

 華耶達を見ると、三人とも困惑した顔をしている。


「まあ、今日のところはしっかり食って休め」

 酒呑童子は席を立ち上がると、私の前に立って肩にバシッと手を載せて、

「なっ!」

 と歯を見せてニカッと笑った。

「はい……」

 そう答えて、私もなんとか笑顔を返した。

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