第12話 横顔
「いやぁ、すばらしい活躍だったねぇ、お嬢さんたち」
化け物を倒した私達は、四人で輪になって賑やかに勝利を喜んでいた。
そこに、先程のポンコツ武者がやってきて、
「ボクはライコウ、こっちがツナっていうんだ、よろしくね〜」
と、親しげに話しかけてきた。
ツナと紹介された武人は無言で頭を下げた。
(ポンコツ武者が来たよ)
(来たね、ポンコツ)
(馴れ馴れしいね、ポンコツなのに)
(ポンコツが移っちゃいそう)
と、私達は
「なにか“ぽんこつ”なんていう言葉が聞こえてくるんだけど……僕の気のせいだよねぇ」
と、笑顔を引きつらせながらライコウが言った。
(ヤバい……!)
咄嗟に私は取り繕おうとして言った。
「いえ、まさかあなたがポンコツだなんて……」
「そ……そうですよ、ポンコツだなんて思ってても言いません」
「ですです!思ってるだけです、ポンコツって」
「ええ、ポンコツなんて言いませんから、思ってるけど」
と、私達は容赦なく畳みかけた。
「て、やっぱ思ってるんかぁああーーい(泣)」
ライコウは泣き叫ぶと、その場でしゃがんでブツブツ言い始めた。
「まあね、僕も”ぽんこつ“って言葉の意味は今ひとつよく解ってはいないんだけどね、なんか、バカにされてるのかなぁってのは感じるんだよねぇ……イジイジ」
そんなことを言いながら、ライコウは棒切れで地面にのの字を書いている。
(あ……ちょっとかわいそうだったかも)
(そうだね……)
(悪い人ではなさそうだしね)
(うん、人は良さそうだね)
と、私達はひそひそ話をして、私がライコウに話しかけた。
「あのう……」
「……なんだい?」
ライコウは相変わらずしゃがんでのの字を書きながら、チラリとこちらを見て答えた。
「あの……私達も少し遠慮がなさすぎました……ごめんなさい」
「「「ごめんなさい」」」
私達は揃ってライコウに頭を下げて謝った。
すると、ライコウはパッと立ち上がって、
「そうかいそうかい、いやいや、いいんだよ、僕は全く気にしていないからね」
と、つい今しがたまでイジイジと
(立ち直りが早い……)
「で、どうだい?化け物も退治したことだし……」
ライコウはそう言いながら、ツナと呼んでいた武人から何か楽器のようなものを受け取った。
「そのお祝いに、僕がヒカル
「ビワ?」
「踊る?」
私と華耶が聞き返した。
「あれ?現代の若い娘さん達は歌と踊りが大好きだと聞いたのだが……だよな、ツナ?」
「はい、そう伺いました」
と、ライコウの問いかけにツナが答えた。
(あ……イケメン)
ツナと呼ばれた武人は物静かで目立たないようにしているが、紛れもないイケメンだ。
なんて、私が思っていると、
「まあ、好きといえば……」
「好き……かな?」
と、ライコウの問いに和叶と狐々乃が戸惑い気味に答えた。
そこへ、侍女たちがやってきてライコウ達を出迎えた。
「いらっしゃいませ」
「ようこそ、おいでくださいました」
と、口々に歓迎の言葉を行った。
「いやぁ、久しぶり〜相変わらずみんな綺麗だねえ……」
と、侍女たちに歓迎されて嬉しそうに言うライコウの脇を、侍女たちはスーっと通り過ぎた。
そしてライコウの後ろに控えていたツナを取り囲んだ。
「ツナ様もいらっしゃいませ♡」
「お待ちしておりましたわ♡」
「今日も
と、口々に言いながらライコウに後ろに控えているツナに押し寄せた。
しかも、ライコウに対したと時とは明らかに違う声のトーンで。
「お、お久しぶりです……」
殺到する侍女に怯みながらも、落ち着いた声で答えるツナ。
「すっごぉーい!」
「モテモテだねぇ、ツナさんて人」
華耶と和叶が目を丸くして驚いている。
今までは彼自身が目立たないようにしていたからなのか、私達も気が付かなかったのだが、
「確かにイケメンだねぇ」
「うん、イケメンかも……」
と、私と狐々乃もうんうんと頷いた。
「でも、そうすると……」
と、私が殆どスルーされたも同然のライコウを見ると、
(やっぱりねぇ……)
予想通り、彼はしゃがんで棒切で地面にのの字を書きながらイジケていた。
私と狐々乃は顔を見合わせた。
「ちょっとくらいは励ましてあげよっか……」
「そうだね……」
私と狐々乃はそう言いながら、ライコウがしゃがんでいるところに歩いていった。
すると、ライコウが何やらブツブツと言っているのが聞こえてきた。
「わかってるさ……ツナのほうが僕よりもいい男だし……僕なんかよりも
(うわぁ……またイジケモードに入っちゃってる)
「あの、ライコウさん……?」
私は恐る恐るライコウにこえをかけた。
「なんだい……?」
ライコウは
「あの、何ていうか……そんなに落ち込まないでください……」
「ええ、落ち込まないで……」
私と狐々乃が言うと、ライコウはしゃがんだままでチラリとこちらを見た。
「……」
今度はさっきと違って無言だ。
そこへ華耶と和叶も加わってきた。
「そうですよ、ライコウさん」
「元気出しましょう」
ほんの今しがた、彼をポンコツ呼ばわりしておいて調子の良いことだと我ながら思った。
が、思いのほかライコウが気分の浮き沈みが激しいタイプのようなので、ここは一つ彼を励ましておくのが得策ではないかとも思った。
(人柄は良さそうだしね)
「本当にそう思ってくれるのかい……?」
さっきはびっくりするほどあっという間に機嫌が治ったのに、今回はなぜか慎重に様子を見ているようだ。
「ええ、本当です」
私が言うと、
「「「ですです!」」」
と、華耶たちが重ねて言った。
「き、君たち……!」
そう言いながらライコウは立ち上がると、感激の目幅涙を流しながら私の方に駆け寄ってきて、
「なんて優しい
と、言って子どものように泣きながら私に抱きついた。
「え……ちょっと……!」
いきなりのことで、私はどうしていいかわからなくなって、ドギマギしてしまった。
「いい加減にしろ」
そこへ、ベンケイの声が聞こえた。
彼女はライコウの襟首をガシッと掴むと、軽々とといった様子で彼を私から引き離した。
「ああーー……」
ライコウは情けない声を出しながら、私の方へ手を伸ばしている。
(よかったぁ……)
ベンケイはライコウの襟首をつかんだまま私達を見て、
「もうすぐ日も暮れる。輿の部屋でゆっくり休め」
と、言って、
「風呂に入ってもいいしな」
とも、付け加えてくれた。
「「そうだよ!」」
私と華耶は即座に反応した。
「え?」
「お風呂があるの?」
そういえば、狐々乃と和叶はまだお風呂を見ていなかった。
「うんうん!」
「檜の広いお風呂だよーー」
「「きゃぁああーー!」」
そんなふうに私達が賑やかにやっていると、
「風呂ぉーー……」
と、ベンケイに引きずられながら叫ぶライコウの声がら聞こえてきた。
そんな、情けなくも、ちょっと面白いライコウの叫びを聞きながら私達は輿へと入っていった。
輿は私達を乗せると空に上がって、今は京の北側の上空で静止している。
「気持ちいいねぇーー」
「ホントだよねーー」
「景色も最高だし」
「まさにお伽の世界だよね」
そして、私達はお風呂を満喫している。
すでに日は暮れ、空には上弦の月が浮かんでいる。
そんな月夜の空を眺めながらのお風呂は格別だった。
風呂の中はほんのりと
風呂だけでなく、部屋にも廊下にも灯りは灯っていて、
「あの灯り、綺麗だよねぇ」
「だよねぇ」
「蛍の光だもんねぇ」
「うん、幻想的って感じ」
そう、光源は籠の中の蛍だと、侍女さんが教えてくれた。
もちろん、現代の電灯のような明るさはないが、かと言って暗すぎて困るということもない。
(これだけの蛍を集めるのって大変だよね……)
などと思ったけれど、ここがお伽界だと考えれば、
(お伽界仕様ってことかな)
と、とりあえずは納得しておいた。
「ベンケイさんも一緒に入ればいいのにね」
華耶が言うと和叶が、
「うん、誘ったんだけどね……」
と、しょんぼりとして、
「何かあったらいけないから、外で見張ってるって」
「まさか……」
「ライコウさんが……?」
「ってわけでもないみたいなんだけど、念の為って言ってた」
そんな和叶の説明に、
「「「ふうん」」」
と、私達は声を合わせた。
「でもさぁ……」
華耶が言った。
「ん……?」
「ベンケイさんってさ、ボン・キュッ・ボンだよね!」
「あ……そうだね!」
「でしょう?和叶は一緒にお風呂に入ったこととかないの?」
「ええーー?ないよーーまだ会ったばかりだもん」
「そっかぁ……なんか残念ーー」
「今度、頼んでみようよ、一緒に入りましょうって」
「うん……オッケーしてくれるかはわからないけどね」
賑やかで楽しいお風呂タイムを過ごした私達が風呂場から出てくると、
「こちらの部屋にどうぞ」
と侍女さんが案内してくれた。
その部屋に入ると、
「わぁーーいい匂いがするーー」
華耶が鼻をひくひくさせながら言った。
「だねぇ、急にお腹が減ってきたぁーー」
私もいい匂いにつられて、部屋の中を見てみると、部屋の中程に置いてある横長の御膳の上に大きな鍋が二つ、グツグツと煮えていて、美味しそうな匂いを
「お鍋だぁ!」
「お鍋大好き」
和叶と狐々乃はそう言いながら早速御膳の前に陣取った。
「今夜は
と。侍女さんが教えてくれた。
「猪鍋って初めてかも」
「私もーー」
「なんか元気になりそうだね」
「食べ過ぎちゃいそう……」
そうこうしているうちにベンケイもやってきて、
「美味そうな匂いだな」
と、言いながら私達の方へ歩み寄ってきた。
「あ、ベンケイさん、ここです、ここ!」
と和叶が手招きして、彼女が私達四人の真ん中になるように場所を開けた。
「う〜ん、いい匂いだねぇ〜やはり戦いの後は精がつくものを食べないとね」
「……はい」
そう言いながらライコウとツナも入ってきた。
((((ふふ……))))
ツッコミを入れたいところだったが、とりあえず私達は顔を見合わせながら小さく笑うにとどめておいた。
こうして、結構な大人数になった私達は、美味しく賑やかに夕食をいただいた。
今日は私達にとってお伽界での初日、しかも初めての戦闘で化け物退治までやった。
となれば、疲労困憊していて当然だ。
夕食後、私達は侍女さんたちが敷いてくれた布団に入ると、あっという間に眠りについた。
―――――――――――
ふと私は目を覚ました。
(もう朝……?)
そう思いながら横を向いて窓を見たが、まだ暗いままだった。
(……)
どうやらもよおしてきたので、私は体を起こした。
すると、
「……用足しか?」
静かに聞く声が聞こえた。
声がする方を見ると、ベンケイが窓際に足を伸ばして座り、こちらを見ていた。
「あ……はい」
私は、虚ろな声で答えた。
ベンケイはいつもの覆面はしていなかった。
(暗くてよく見えないな……)
「そうか、足元に気をつけてな」
そう言うとベンケイは、窓の縁に肘をついて月夜の空へと視線を向けた。
「はい……」
私はそう答えて、窓の外を見るベンケイの横顔を見た。
窓の外からは月の光が部屋に入ってきている。
そのため、ベンケイの横顔が逆光で影絵のように見え、その輪郭がより一層くっきりと見えた。
(綺麗な横顔……)
今まで見えていたのは太めの眉と凛とした大きな目だけだった。
そして、女性にしては大柄でしっかりとした骨格だ。
そういう容姿から、ベンケイに対して中性的な凛々しさを持った女性という印象を私達は持っていた。
しかし、今、月夜の空を背景に浮かび上がっているベンケイの横顔は紛うことなき美しい女性のそれだった。
そんな彼女の横顔を見て私は、
(……?どこかで見たことある……?)
と、思った。
いつ、どこで見たのかは思い出せないが、それほど前のことではないという気がした。
「ん、どうした?」
私の視線に気づいたベンケイが、私を見ていった。
「あ……いえ、なんでもありません」
私は慌てて取り繕って部屋を出た。
(どこで見たんだろう……?)
廊下を歩きながら私は、ベンケイの横顔を思い出しながら考えた。
誰か知っている人に似ているのだろうか。
(それとも……)
何か掴めそうな気もしたのだが、夜中の寝ぼけ頭で考えても仕方ないと思い、
(明日、皆に聞いてみよう……)
そう、私は決めた。
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