第11話 初めての実戦
私達がその場についた時には既に化け物退治が始まっていた。
「ふふふ、覚悟しろ、化け物め」
そして今、一人の若武者が不敵な笑いを浮かべながら、太刀を手に化け物と対峙している。
その斜め後ろにもう一人、付き従うように別の武者も、刀を構えて立っている。
化け物は見上げるほど巨大だった。
胴体は
そして、4〜5mはあろうかという八本の足がウネウネと気味悪く
「あの……ベンケイさん」
私は隣で腕を組んでこの様子を見ているベンケイに話しかけた。
「何だ?」
「もし、私が間違っているなら教えてもらいたいのですけど……」
「うむ」
「あの、化け物と戦っている武人さん……」
「うむ」
「結構、危機的な状況なのでは……」
「そうだな」
「え……?」
(分かってるのに……?)
ベンケイは一向に動こうとはしなかった。
「ふふふ、ところで……」
と、若武者は化け物から目を離さずに、やや声を張り上げていった。
「ベンケイちゃぁーーん、そろそろ助けてくれてもいいんじゃないかなぁああーーーー?」
そうなのだ。
若武者の衣服はあちこちが破けており、血が滲んでいるところも見られた。
素人の私が見ても、明らかに彼が劣勢に立たされているのは一目瞭然だ。
「もう満身創痍の絶体絶命なんだよぉおおーーーー(泣)」
「私にはまだまだ元気に見えるが」
と、にべもなく言うベンケイ。
「元気じゃないよーーほら見ろよこれ!血だらけだろう!?」
そう言いながら若武者は、着物の袖をまくった。
腕には細かい引っかき傷のような赤い筋が幾つもあった。
「あの蜘蛛野郎が爪で引っ掻いてくるんだよーーしかも八本もあるんだ、脚が!」
と、彼が言ったところで、
「ギギィイイイイーーーー!」
と奇声を発しながら蜘蛛の化け物が脚を振り上げて彼を攻撃してきた。
「うわぁあああーーーーーー!」
若武者は大声を上げる。
「ライコウ様!」
後ろにいた武者が若武者の腕を掴んで後ろに引っ張った。
その一瞬後、若武者が立っていた地面に化け物の爪が突き刺さった。
「
ライコウと呼ばれた若武者が顔を真っ青にして叫んだ。
そんな様子に、ライコウのお
「ベンケイ様、どうか手助けをお願いいたします!」
「ツナも大変だな……」
ベンケイはそう呟いて、
「仕方ない……お前たち」
と、言って私達を見た。
「これからあいつらの手助けをしてもらう」
「「「「はい……」」」」
その事は私達も前もって聞かされていたし、武器の使い方も教わった。
とはいえ……。
(やっぱり……怖い!)
というのが正直な気持ちだった。
ここに到着する前、それぞれに武器や道具が渡された後に、その使い方や戦い方などをベンケイが教えてくれた。
「大丈夫、とにかくやってみることだ」
とベンケイは請け負ってくれたが……。
「よし、やろう!」
私は皆に、というよりはむしろ自分に発破をかけるつもりで言ったが、
「「「うん!」」」
と、皆もしっかり頷いてくれた。
「それじゃ、まずは華耶と狐々乃お願い!」
戦い方はベンケイに教えてもらいながらも、私達なりに考えておいた。
華耶は私が大伯母さんからもらった【桃太郎の腰巻き】を体に
一方狐々乃は、注意深く化け物から距離を取りながら、少しずつ間合いを詰めていった。
「華耶、私はオッケーだよ!」
狐々乃が言うと、
「了解っ!」
と、華耶は答えると、【桃太郎の腰巻き】から拳ほどの大きさの石を取り出し、化け物に向かって投げつけた。
華耶が投げた石は上手い具合に化け物の頭に当たった。
「ギギィイイーーーー?」
大したダメージを与えられたわけではないだろうが、ライコウたちを攻撃しようとしていた化け物は苛立たしそうにキョロキョロとあたりを見回した。
そしてもう一発、華耶が投げた石が化け物の頭に当たる。
石による攻撃が上からくることに気がついた化け物は上空を見上げた。
「ギギィイイーーーー!」
化け物は上空を舞う華耶の存在に気が付いたようだ。
「狐々乃、お願い!」
「うん!」
華耶の合図に応えて、狐々乃は広げた
「止まれ!」
狐々乃がそう叫ぶと、
だが、完全に動きを止めるところまではいがなかった。
「くっ……」
狐々乃は自らの手で化け物を抑えようとするかのように
首に下げた
次第に狐々乃の表情が苦しげになり、額に汗も
「和叶、私達もいくよ!」
「うん、私が脚をやる!」
私の合図に応えた和叶は、短刀の
(すごい速さ……!)
私は和叶の疾風のような突撃に思わず
(……て、いけないいけない……!)
私はすぐに気を取り直して、ベンケイの言葉を思い出した。
「若は速さを、桃は力を、それぞれ活かして攻撃するんだ」
(私には私の役割がある……!)
そう思いながら鬼切りの太刀を握り直し、和叶の後に続いた。
和叶はすでに化け物の懐にもぐり込み、
ザンッ!
と、早くも脚を一本斬り落とし、返す刀で、
ザンッ!ザンッ!!
と、更に二本を斬り落とした。
「よし……!」
手応えを感じている和叶の声が聞こえた。
そして、次の脚を狙おうとした和叶に、三本の脚が同時に襲いかかった。
(まずい……!)
和叶は真後ろからくる脚に気づいていないようだった。
(速く……速く!)
私は自分を叱咤しながら、和叶の背後に向って全速力で駆けた。
ザンッ!ザンッ!!
和叶が自身の前方の脚を二本斬り落とした。
その背に化け物の足が迫った。
(間に合って、私の足!)
和叶は近づいてくる私に気づき、同時に自身に振り下ろされようとしている化け物の脚にも気づいた。
「あ……」
和叶に一瞬の隙ができた。
(くっ……!)
ガキィイイイイーーーーン!
「間に合ったぁああーーーー!」
「桃……!」
一瞬、茫然自失状態になっていた和叶の目に、再び光が宿った。
「和叶、脚を斬って……!」
化け物の脚を鬼斬りの太刀で受け止めてぷるぷるしながら私が言った。
「わかった!」
そして、
ザンッ!
私が抑えていた脚を和叶が斬り落とし、私達はパッと化け物から離れて間合いをとった。
「ふぅーー焦ったぁああーー!」
いつの間にか溜めていた息を吐き出して私が言った。
「ごめんね、桃……私が油断したから……」
和叶が泣き出しそうな顔で言った。
「ううん、違うよぉーー私が出るのが遅かったんだよ、私こそごめんね!」
そう、私が和叶のすぐ後ろについて出ていれば、和叶があんな危機に見舞われることはなかったはずだ。
そこに、華耶と狐々乃がやってきた。
「二人とも大丈夫?」
華耶が心配そうに聞いてきた。
「うん、なんとかね!」
「うん!」
結構危なかったのだが、華耶や狐々乃に心配をかけたくなかったので、私達は大袈裟に明るく答えた。
化け物を見ると、残り二本の後ろ脚で立っているような姿勢になっている。
「そろそろとどめを刺せそうだな」
後ろからベンケイの声が聞こえ、私と和叶の肩に彼女の手が載せられた。
「よくやった、素晴らしかったぞ」
そう言いながらベンケイは、私達の肩をキュッと握りながら私達四人の顔を順に見た。
「はい……!」
「ありがとうございます!」
私と和叶が答え、
「えへへ……」
「ふふ……」
華耶と狐々乃が照れくさそうに笑っている。
「さて……本来なら
そう言いながら、ベンケイがライコウたちを見ると、
「ツナぁーー見てくれよこの傷ーーヒドイもんだろうぉーー?」
と、ライコウは
「それに、ほらーー」
と、今度は
「脚だってこんなに傷だらけなんだよぉーー」
(あの人は……)
本当に化け物を退治する役目に
私がそんなことを考えていると、
「ふぅ……」
と、隣のベンケイから軽いため息が聞こえた。
「ベンケイさん……」
私が声を掛けると、華耶たちも不安そうに弁慶を見た。
「止めもお前たちがやるしかないか……できるか?」
さすがのベンケイも困り顔で言った。
「は、はい……できます!」
と、私は強引に元気を奮い立たせて言ったが、正直に言えば不安で怖くて仕方なかった。
「うん、できる……きっとできるよ!」
和叶が言うと、
「うん、やろう!」
「うんうん!」
華耶と狐々乃もそう言って、四人で手を握りあった。
そんな私達を見てベンケイが言った。
「よし、それじゃ、最後の止めは桃がやるんだ。四人の中で桃が一番攻撃力が高いからな」
「はい!」
「他の三人は、桃が止めを刺しやすいように援護をすること」
「「「はい!」」」
(怖くない……わけはない、やっぱり怖い……でも……)
私一人ではない。
華耶が、狐々乃が、和叶がいる。
そして、頼もしいベンケイも。
(よしっ……!)
私は、鬼斬りの太刀を水平に構えた。
「いくよぉおおーーーー!」
「「「おぉおおーーーー!」」」
私は先頭を切って化け物に向かって行った。
「止まれ!」
後ろから狐々乃の声が聞こえる。
「それぇっ!」
華耶の掛け声とともに、上空から石の
「ギギィイイイイーーーー!」
後ろ脚二本だけになり、狐々乃の
そこへ、私の横をすり抜けた和叶が、化け物の懐に素早くもぐり込み、
スパッ!
と、化け物の胴体を鮮やかに切り裂いた。
そして、そのまま化け物の背後に周り、
ザンッ!
と、脚を一本斬り落とし、化け物をガクッと傾かせた。
和叶のすぐ後ろにいた私の眼の前には、ガラ空きなった化け物の
(よし、いける!)
私は鬼斬りの太刀を水平に構えたまま、真っ直ぐに突き進んだ。
そして、
ズンッ!
化け物の胴体に、太刀を深く突き刺した。
すると、
カッッ!
と、辺り一面がまばゆい光で包まれた。
私は、眩しさに思わず腕で目を覆った。
数秒して、目を覆っていた腕を恐る恐る動かしてみた。
化け物がいたところには、
「や……やった……?」
私の声は、なぜか辺りを
「うん……と思う……」
和叶も小声だ。
「やったよね……?」
「うん……」
華耶と狐々乃も恐る恐るといった様子だ。
「うむ、やったな」
ベンケイが言うのが後ろから聞こえた。
それを合図に私達は、
「「「「ヤッタァアアアアーーーー!」」」」
と、猛ダッシュで集まって、抱き合いながらぴょんぴょん飛び跳ねて喜んだ。
そして、キャーキャー叫んで喜ぶ私達の目には涙が浮かんでいた。
(やった……やったやった!)
こうして、私達は、お伽界での初めての戦いで無事勝利を収めることができたのだった。
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