第10話 化け物退治へ

 じぃ―――――――――


 私と華耶かや狐々乃ここのは牛若丸の和叶わかなを囲んで見つめている。

「もう………そんなに見ないでよ……」

 和叶が頬を染めながら恥ずかしそうに言った。

「だって、ねぇええーー?」

「「ねぇええーーーー!」」

 と、私が華耶と狐々乃を見ながら言うと二人が返してきた。


 私達は今、上空に舞い上がって静止している状態の輿の奥の部屋にいる。

 ここ、鞍馬山に来るまでは輿の表から見える部分にいたのだが、和叶とベンケイが加わって五人になると、さすがに輿そのものの広さでは窮屈な感じがするので、奥にある部屋の一つに集まったのだ。


 そうして、私達は牛若丸の和叶を取り囲んで、その凛々しく美しい若武者姿を愛でて楽しんでいた。

 とはいえ、和叶は戸惑うばかりで楽しんではなさそうだったが。

「牛若丸ってことはさ、和叶は源氏の子孫なの?」

 華耶が聞くと、

「ううん、牛若丸のお母さんの血筋なんだって」

「そうなんだぁ〜」


 一方、ベンケイは私達からは少し離れて、開いた障子窓際に座っている。

 左足を伸ばして右足は膝を立て、左肘を縁に載せた姿勢で外の風景を眺めている。

 もうそれだけで一幅の名画のようだった。


「和叶もカッコいいけど……」

 そう言いながら私は窓の外を眺めているベンケイを見ながら言った。

 私の言わんとするところが分かった華耶と狐々乃も、

「うんうん……!」

「だよね……!」

 と言い、

「でしょ……!」

 と、ちやほやの矛先が自分からベンケイに移ってホッとしながら和叶も言った。


 ベンケイは女性にしては背が高く、恐らく170cm以上はありそうだ。

 体格は決して太っているわけではないが、一般的な女性よりはがっしりとしているように見えた。

 長い髪の毛を無造作に後ろで束ねている様子は、ポニーテールというよりは、昔の野武士のような雰囲気を醸し出している。

 今も顔の下半分は覆面で覆っているが、太めの眉に凛として大きな瞳がとても魅力的だ。


 私達四人が固まって熱い視線を送るものだから、彼女もさすがに気がついたのか、ちらりとこちらに視線を投げてきた。

((((きゃぁ――――!))))

 私達はヒソヒソ声で黄色い歓声を上げた。

 そんな私達を見てベンケイは、

「おしゃべりは一段落ついたかい?」

 と聞いた。


(あ……私達を待っていてくれたんだ)

 そう気づいて私は言った。

「ごめんなさい、私達おしゃべりばかりしていて」

「いや、構わないさ。急ぐ旅でもないからな」

 とベンケイは心持ち表情を和らげて言った。

「ごめんなさい」

 和叶もそう口にし、華耶と狐々乃も謝った。


 そんな、私達にベンケイは優しげな視線を返してくれた。

 女性ながら、男性的とも言える美しさを持つ彼女の視線は、ものの見事に私達を貫通してしまったようだ。

(きゃあーー!)

(イケメンーー!)

(どうしようどうしよう!)

(もう……だめ……!)

 などと、私達は一段落したと思われた乙女な騒ぎを再開してしまった。


「それじゃ、次の場所に向かうとするか」

 そう言いながら、ベンケイは立ち上がって窓際から私達がいる方へ来た。

 こういう部屋の中で立ち上がると彼女は余計に大きく見えた。


(次の場所に……また仲間が増えるのかな?)

 今こうして私と華耶、狐々乃、和叶の仲良し四人組が集まっている。

 他に仲が良い友だちは思いつかなかった。

 華耶たちを見ると、私と同じようによく分からないといった表情をしていた。


「あの……次はどこに行くのですか?」

 私が聞くと、

「ここから遠くないところにある山だ」

 ベンケイが答えた。

「そこで新しい仲間と会うんですね?」

 華耶が期待を込めて聞いた。

「仲間にも合うが、一番の目的はその山に出る化け物を退治することだ」

 ベンケイは事も無げに恐ろしいことを言った。


「ば、化け物……」

「ってことは……」

「お……鬼……ですか?」

 和叶と華耶、狐々乃が口々に聞いた。

「いや、鬼のような顔がついてはいるが、実体は蜘蛛だ」

 ベンケイがサラッと言った。

「お、鬼の顔がついてる……」

「蜘蛛……!」

 和叶と私がベンケイの言葉を復唱すると、

「その……蜘蛛の化け物は大きいんですか?」

 既に真っ青な顔になっている華耶が聞いた。

「そうだな……」

 ベンケイは顎に手を当てて、少し考えた。

「胴体はこの輿と同じか少し大きいくらいだろう」

「……胴体は……?」

 息を飲み込みながら私が聞いた。

「うむ。で、脚は二間にけん三間さんげんはあるだろうな。それが八本付いている」

「にけんかさんげん……?」

 華耶が聞いた。

「あ……それって家の間口の幅のことだって聞いたことある」

 狐々乃が言った。

「としたら……一間は」

「一間は1.8mくらいらしいよ」

「とすると、脚の長さが3.6mから……」

「5.4m……!」


 私達は今乗っている輿に4〜5m位の足が八本付いている化け物を想像してみた。

 そして案の定、四人とも顔から血の気が一気に失せて、

「「「「ひぃいいいいーーーー」」」」

 と抱き合って悲鳴を上げた。


「無理無理ぃいいーーーー!」

「ぜぇったい無理ぃいいーー!」

「そんな化け物……」

「私達死んじゃうぅーーーー!」

 私達は半ば本気で泣き叫んだ。

 狐々乃なんて完全に涙目になっている。


 そんな私達にベンケイは、

「大丈夫だ、心配するな」

 と、ため息を付きながら言った。

「本来、この化け物を退治する役目を負っている者は別にいる」

 というベンケイの言葉に、私達はギャーギャー言うのをピタリと止めた。

「お前たちはそれを手伝うのが今回の役目だ」

「でも……でも……」

 狐々乃がまだ少し震えながら涙目で訴えた。

「もしもの時は私がいる。心配することはない」

 と、ベンケイは震える狐々乃の頭に優しく手を載せて、表情を緩ませた。

 すると、

「はい……」

 と、不安げな表情のままではあったが震えは収まったようで、狐々乃は声を明るくして答えた。


「そうだよ、危なくなったらみんなで一緒に逃げよう!」

「「うんうん!」」

 と、私と華耶、和叶も狐々乃を元気づけるように言った。

「うん……!」

 まだ幾ばくかの涙を目尻に残しながら、狐々乃も頷いた。

「そうだ、危なくなったら逃げる、とても大事なことだ」

 ベンケイが私達の顔を見回して言うと、

「それじゃ、お前達に渡しておくものがある」

 と、置いてあった大きな袋を手にした。


「まずは若」

 そう言って、袋から短めの刀を取り出して和叶に渡した。

「この刀は薄緑うすみどりといって、源氏伝来の刀と伝えられている」

 そして、袋から別の、和叶に渡した薄緑よりやや長い刀を取り出して、

「これは桃に」

 と、私に渡してくれた。


「この刀にも名前はあるのですか?」

 私が刀を受け取りながら聞くと、

「特に伝えられている名は無かったと思うが、私達は鬼斬おにきりの太刀たちと呼んている」

 そう説明しながらも、次の品を袋から出し、

「この羽衣はかぐやに」

 と言って手にした薄い桃色の透き通る衣を華耶に渡した。

「わぁああーーきれいーー!」

 羽衣を受け取ったかぐや耶が目を輝かせて言った。

「天女の羽衣と言われている。自在に空を飛べるらしい」


 そして、最後に袋から出したのは三日月型のきれいな石に紐を通したものだった。

「これは白狐に」

 と言って、狐々乃にその首飾りのようなものを渡した。

「これは……?」

 狐々乃が聞くと、

勾玉まがたまだ。妖術を使う時に役立つだろう。普段は首にかけておくといい」


 狐々乃が勾玉を首にかけるのを見届けると、ベンケイは改めて私達を見て言った。

「今度の化け物退治は、お前たちがお伽界での戦いに慣れるため、という意味合いが強い」

 私達はかしこまってベンケイの話を聞いている。

「私達が行く頃には既に退治役の者がいるだろうから、無理せずに加わればそれでいい」

 ベンケイの言葉に私達は頷いた。

「よし、それじゃ、化け物退治に向かうぞ」

 と言った。

「「「「はい」」」」

 と私達は元気よく、とまではいかなかったが、ある意味覚悟を決めて答えた。


(化け物退治……)

 ベンケイは心配ないと請け負ってくれたが、言葉にするとやはり小さいながらも恐怖と不安が頭をもたげてしまう。

(ううん……私一人じゃない、皆がいるから大丈夫!)

 私は、そう自分自身に言い聞かせた。

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