第9話 天狗の山

 「「びゃっこ?」」

 私と華耶かや狐々乃ここのに聞き返した。

「うん、白い狐って書いて白狐びゃっこだって」

 狐々乃のお伽界での彼女の役割の話だ。

 私と華耶、狐々乃の三人はお菓子とお茶を堪能し、輿の外を流れていく風景を眺めながらおしゃべりに興じている。


「てことはさ、ケモミミとか出てきたりするの?」

 華耶が狐々乃の頭をさすりながら聞いた。

「それは分からないけど、でも……」

「でも?」

「妖術が使えるって、大伯母さんに言われたの……」

「「妖術!?」」

 私と華耶が驚いて、思っていた以上に大きな声で反応してしまった。

「そしたらさ、何かやってみて?妖術で」

 と華耶が言ったが、

「どうやるかはまだ分からないの……」

 狐々乃は首を左右に振りながら言った。


「そっかぁ〜」

「そういう華耶はかぐや姫なんだっけ?」 

「うん、そうだよ」

 さっきお菓子を食べながら華耶が狐々乃にも話したのだ。

「何か特別な力とかあるの?」

「う〜ん……」

 狐々乃に聞かれた華耶は、何かを思い出すように人差し指を顎に当てた。

「……飛べる……?」

 しばし考えて出てきた華耶の答えがそれだった。

「「飛べるの!?」」

「……って大伯母さんが言ってた」


 ガクッ……!


 と、思わず私と狐々乃は昔のコントみたいな反応をしてしまった。

 私達の反応がちょっと不満だったようで、

「じゃあ、桃はどうなのよぉーー」

 と華耶がねたように聞いてきた。

「私?私は……」

「「うんうん」」

 興味津々で頷く華耶と狐々乃。


「特に何も無い」

 私が言うと、

「「ぶっ!」」

 華耶と狐々乃が同時に吹き出した。

「あーーひっどぉーーい……」

 と、プンスカしようと思った私はあることを思い出した。

「あ……」

「何かあるの……?」

 私の様子を見て華耶が聞いてきた。

「うん……そう言えば鏡をもらったなぁって思って……」

「あ、もらったよね」

華耶も思い出したようだ。

「鏡?」

初めて聞いた狐々乃が言った。

「うん、これなんだけど……」

 私は懐から大伯母さんに渡された鏡を取り出して、二人に見せた。

 華耶と狐々乃は覗き込むようにして私が手にしている鏡を見た。


「何か特別なことができる鏡なの?」

 華耶が聞いてきた。

「次に何をすればいいのか分らない時に見るようにって言われたの……」

 そう言いながら私は鏡を見たが、何か文字か出てきたり、絵が浮かび上がったりということはなく、今のところ特に変わった様子はなかった。


「変わったデザインの鏡だね」

 鏡を見ながら狐々乃が言った。

 大伯母さんから渡されたこの鏡、大きさは手のひらサイズの楕円形をしている。

 黒っぽい素材で縁取りされていて、重さは同サイズのスマホと同じくらいだろう。

「他には何ができるの?」

 華耶が聞いてきた。

「うんと……」

 私は大伯母から言われたことを思い出そうとした。

「あ……聞きたいことがある時に話しかけると答えてくれることもあるって、大伯母さんが言ってた」


「答えてくれるってことは……」

「いつでも答えてくれるってわけじゃないんだね」

「うん……」

 こんな話しをていると、

(なんだか頼りない桃太郎だなぁ……)

 という気持ちが増してきてしまった。


「なんか、みんなあまり詳しい話は聞いてないみたいだねぇ」

 狐々乃が言うと、

「だねぇ〜私と同じでちょっと安心したよ」

 華耶がホッとした様子で言った。

「そか……そうだね」

 二人の話を聞いて、私も少しホッとできた。


「でも、こうなるとさ……」

 華耶が言うと、

「うん……?」

「……?」

 私と狐々乃は華耶を見た。

和叶わかなもいてほしいよね」 

「だよね!」

「うんうん!」

 華耶の言葉に私も狐々乃も大いに賛同した。


(私と、華耶、狐々乃そして和叶……)

 いつも一緒の仲良し四人が揃ったらと想像したら、いつの間にか私の顔もニンマリとしてしまったようだ。

「もう、顔が期待でニンマリしちゃってるよ、桃」

 狐々乃が言うと、

「だねぇ、と言いつつ私もニンマリしちゃうけど」

 と、華耶。


「侍女さんに聞いてみようか?」

 私はそう言って、

「あの、すみません、侍女さん」

 と侍女さんに呼びかけた。

「はい、なんでしょう?」

「次はどこに行くんですか?」

「次は鞍馬山くらまやまに行きます」

 という侍女さんの答えに、

「「「くらまやま?」」」

 と、お約束のごとく私達は声を揃えてしまった。


「くらまやまって、天狗てんぐの……かな?」

「ああ、鞍馬天狗くらまてんぐ……!」

「うんうん、聞いたことある!」

 私達が口々に言うのを聞いて侍女さんが、

「ええ、そうです。天狗で有名な鞍馬山です」

 と教えてくれた。


「そこでも、新しい仲間に会えるんですか?」

「ええ、新しいお仲間さんが待ってらっしゃると思います」

 私の問に侍女さんが答えてくれた。

「その新しい仲間は……」

「えっと、私達の……」

 華耶と狐々乃が期待を込めて聞いた。

「はい、お名前は存じませんけれど、皆さんのお友達だと伺っています」

 ニッコリと微笑みながら侍女さんが答えてくれた。


「それじゃ……!」

「うん!」

「きっと、和叶だよね!」 

 そう言いながら私達は手を取り合って、

「「「うんうん!」」」 

 とうなずき合った。


「でも、そうすると和叶はさぁ……」

「「はっ……!」」

 華耶の言葉に私と狐々乃が息を呑み、一瞬の間があって、

「「「天狗!?」」」

 と、三人が声を揃えて叫んでしまった。


「和叶が天狗って……!」

「あの超美形顔に天狗の鼻とか……」

「想像できないぃいいーー!」

 といった感じで、和叶本人がいないのをいいことに、美味しいお菓子をパクパク食べながら、

「「「あーでもないこーでもない!」」」

 と、私達は賑やかにおしゃべりを楽しんだ。


 そんなことをしているうちに、

「鞍馬山に到着します」

 と、侍女さんが知らせてくれた。

 私達は、輿の柵から身を乗り出すようにして侍女さんが指し示す方向を見た。


 山にはお寺や社がいくつかあったが、輿は尾根の西側にある社に向かっているようだった。

 輿が大きく円を描くように降りていくにつれて、社とその周辺の様子が見えてきた。


「誰かいるね」

「うん」

「そうだね」

 社の前には二人の人が立っている。

 小柄な人が一人、そしてその小柄な人を守るように後ろに大柄な人が立っている。


「あの、前にいる小さい人が和叶かな?」

 私が聞くと、

「多分、そうだよね」

「うんうん」

 狐々乃と華耶もそう思っていたみたいだ。

「天狗……じゃなさそうだね」

 華耶が目をすがめて見ながら言った。

「うん……鼻は普通だね」

「よかったぁ……」

 狐々乃と私がホッとして言った。

「それにしても結構大きいね、後ろに立ってる人」

「だねぇ」

「女の人だよね?」

 私達三人は大伯母さんが付き添ってくれたので、今回も付き添いは女性だろうと思っていた。


 和叶は身長が150cmあるかないかの小柄な女の子だ。

 その小柄な和叶(と思われる人)の後ろに立っているからか、より一層後ろの人が大きく見えるのかもしれない。

 そして、その人はスカーフと覆面を兼ねたような白い布で顔の下半分を覆っていて、長い髪の毛を後頭部で束ねて背に垂らしている。

 着ているのは白と黒を基調とした着物で、歴史の教科書や時代劇でも見たことがある僧兵の装束に似ている。 


 やがて輿は二人の前に降りていき、彼らの容貌をはっきりと見ることができた。

 私達が「和叶だろう」と思っていた人がニッコリと笑いながら、こちらに小走りで近付いてきた。

 私達も輿が止まるのももどかしく、身軽に飛び降りて彼女の方へと走り出した。


「和叶ぁああーー……だよね?」

 走りながら呼びかけた私は途中で止まってしまった。

「和叶……?」

「のような、違うような……」

 華耶と狐々乃も立ち止まってしまった。

 美しく整った容姿にツインテール、装束は絵本か何かで見たことがある昔の若武者風の着物。 

 腰には刀を差し、弓と矢筒を背負っている。


 立ち止まってしまった私達の前に和叶?が来て、微笑みながら言った。

「待っていたよ、みんな」

 本人は特に意識したわけではないのであろう。

 だが、表情や立ち居振る舞い、声音までが頼もしい若武者のようにキリッとしていた。


「「「やだ、イケメン!」」」

 私と華耶、狐々乃は三人揃って目がハートになってしまった。

「えッ……?」

 爽やかなイケメンスマイルを固めてしまう和叶。

「和叶……だよね?」

 あらためて私が確認すると、

「うん……そうだよ」

 やや気圧されたような様子で和叶が答えた。


「きゃあぁああーー和叶ぁああーーなんでそんなにカッコいいのぉおおーー!」

 華耶が興奮して和叶の手を取ってブンブンと上下に揺さぶった。

「えっ……なんでって……」

 戸惑いが隠せない和叶。

「和叶……」

 狐々乃がそっと和叶に寄り添い、彼女の腕をすがるようにして掴んだ。

「狐々乃……?」

 狐々乃のただならぬ様子にたじろぐ和叶。

「素敵……」

 狐々乃の頬は心なしか紅く染まっているように見えた。

「……!」

 和叶の顔が青ざめた。 


(これはヤバい……!)

 危険を察知した私は、

「狐々乃、だめだよ!そっちの世界に行っちゃだめっ!」

 と言いながら、狐々乃を和叶から引き離した。

「そうだよ、狐々乃!その先は禁断の領域だよ!」

 と、華耶も私に同調して……と思ったら、

「華耶……?」

 和叶がジト目で、彼女の腕にすがりついている華耶を見ている。

「ん?」

 と、華耶はちゃっかりと和叶の腕に頬をすりすりしている。

「もうーー華耶!何やってるの!」

「ええーー?いいじゃぁん、和叶カッコいいんだもん」

 と、華耶はまるで駄々っ子のように言った。


「華耶、ズルい……!」

 一度は和叶から引き離された狐々乃が、私の手をすり抜けて華耶とは反対側の和叶の腕にすがり付いた。

「もうーーあんたはたちはぁああーー!」

 と、私もなんだかんだ言いながら和叶に抱きついて、三人で和叶を揉みくちゃにするという異常事態になった。

「ちょっと、みんな……」

 どうしていいか分からずに戸惑う和叶。


 そこへ、和叶の後ろにいた背の高い人がやって来て言った。

「会えて嬉しいのは分かるが、とりあえずは落ち着こうか」

 そう言いながら彼女は、和叶にしがみついていた私達三人を引っがした。


「ベンケイさん……」

 ちょっとしたカオス状態から開放されてホッとした和叶が、背の高い人をこう呼んだ。

「「「ベンケイさん!?」」」

 私と華耶、狐々乃が驚いて声を揃えた。

「うん、そうだよ」

 という和叶の言葉に、私達はベンケイと呼ばれた人を見た。

「でも……」

「女性……」

「だよね……」

 そんな私達に、

「ああ、そうだ」

 とベンケイは言葉少なに言った。


「は……ということは!?」

 私はあることに気づいた。

「あ……」

「和叶って……」

 華耶と狐々乃も気づいたようだ。

 そして、私達三人は顔を見合わせて言った。 


「「「牛若丸!?」」」


「うん……」

 和叶は照れくさそうに答えた。

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