第8話 稲荷神社

「もうすぐ着くんだね」

「誰が待ってるのかなぁ」

 富士山の麓から飛び立ってからしばらくは、比較的高い山が連なる風景が続いていた。

 今、再び輿の部屋に戻って外を見てみると、丁度、南北に連なる山地を越えるところだった。

 そして、その山地を越えると大きな湖が見えてきた。


「わぁああーー!」

「綺麗ぃいいーー!」

 上空から見ているからか、対岸が見えない、というほどではないものの、私にとってはこれまで見た湖で最大の大きさだった。


「あれって琵琶湖だよね!」

「だよね!私、見るの初めてぇ!」

 輿は左へ旋回し、琵琶湖に沿って南の方角へと進んで行った。

 そしてしばらくすると、

「あ、見えてきたよ!」

 私が指を指しながら華耶かやに言った。

「あの四角いのが平安京だよ、きっと!」

「うん、そうだよね!広いねぇーー」

 華耶の言うとおり、平安京は私の想像以上に広かった。


「あの、侍女さん?」

 私は側にいる侍女さんに声をかけた。

「はい」

「私達、平安京に行くんですか?」

 私は期待を込めて聞いた。

 華耶も隣で身を乗り出して侍女さんの答えを待っている。

「いいえ、今回は平安京には立ち寄りません」

 やや残念そうな表情で侍女さんが言った。

「そうなんですか……」

「残念だね……」

 期待が外れてしまった私達だった。


「とすると、次はどこに行くのですか」

 私が聞くと、

「平安京のそばの稲荷神社に行きます」

 と、侍女さんが答えてくれた。

「稲荷神社?」

「お稲荷様ってこと?」

「はい、日本で一番大きなお稲荷様です」

 笑顔で答えてくれる侍女さん。

「もう見えてくる頃だと思いますよ」

 侍女さんの言葉に、私達は柵に寄り掛かるようにして下を流れていく風景を見た。


 輿が少しずつ高度を下げていくと、地上の風景も分かりやすくなっていった。

 やがて、平安京の手前のそれほど高くもない山の麓に、木々に囲まれて社らしき建物がいくつか集まっているのが見えてきた。


「あ……見て、華耶!」

 そう言いながら私は参道の先の赤い屋根の社を指さした。

「誰か立ってるね……!」

 私が指差す方を見ながら華耶が言った。

 そう、参道の先の社の前に誰かが立っているのだ。

 まだ、小さくしか見えないけれど、白と赤の着物を着た女性が二人見える。

「あれ……巫女さんかな……?」

 華耶も私と同じ考えのようだ。

「うん、巫女さんだと思う」

 私も華耶に同意した。

 長い黒髪の女性とやや明るい色合いの髪の女性が二人巫女装束で立っている。


 そうしている間にも輿は、大きく螺旋を描くようにして降りていき、巫女さんとおぼしき女性が立っている社の前に着地した。


「さあ、着きましたよ」

 そう言う侍女さんの言葉が終わるか終わらないかのうちに、

「あの黒髪の巫女さんは、多分……!」

「ていうかきっと……!」

 と、私と華耶は言いながら、飛び降りるようにして輿から出て、赤い屋根の社へと駆け出した。


 社の前の巫女さんの一人が、輿から飛び降りた私と華耶に気づいたらしく、足早に駆けて来ながら、

「桃!華耶!」

 と呼びかけてきた。

「「やっぱり!」」

 駆けながら私と華耶は目を合わせていった。

 そして、

「「狐々乃ぉおおーー!」」

 と、大声で親友の名を呼んだ。


 私達三人は輿と社の間のほぼ中間地点で合流し、手を握り合って腕を上下にしながらキャーキャー騒いで喜んだ。

「狐々乃はどうやって来たの?」

「私達が来るのは知ってたの?」

「桃と華耶はなんでそんな着物なの?」

 と、三人が同時に言うものだから、何がなんだかわからない状態になってしまい、

「「「…………」」」

 一瞬の沈黙の後、

「「「きゃはははははは!」」」

 と、三人揃って大爆笑になった。


 三人で賑やかにやっているところに、狐々乃の隣に立ていた、淡い髪色の巫女さんが近付いてきた。

「あ……」

 私が気づいて声を上げると、

「ようこそ、お二人さん」

 と、その巫女さんは穏やかで優しい声で挨拶をしてくれた。

「あ……はい、始めまして。騎美都きびつももです」

月竹つきたけ華耶かやです」

 巫女さんは私達の自己紹介をにこやかに聞いて、

「私は狐々乃ちゃんの大伯母です。名前は……いづれそのうちに、ね」

 と、優しい笑顔を少しだけいたずらっぽい表情にして言った。

「「はい、よろしくお願いします」」

「狐々乃ちゃんには、今のところ必要なことは話してあるから、あとは輿の中でお話しをなさい」

「「「はい」」」


 こうして私と華耶、そして新たに加わった狐々乃は揃って輿に乗り込んだ。

「大伯母様、行ってきます」

 狐々乃が輿の中から巫女の大伯母さんに言った。

「はい、行ってらっしゃい」

 と、出会ったときと同じく、優しい笑顔で答えた。


 私達を乗せた輿は再び京の空へと浮かび上がり、琵琶湖の西側に沿うように北へと向かい始めた。

 輿が水平飛行に移ると、早速私達は話しを始めた。

「ねえねえ、狐々乃はどうやってこっちに来たの?」

 私の問に狐々乃は、

「んとね……さっき一緒にいた大伯母さんが家に来て……」

 と、話し始めた。


 狐々乃の話によると、彼女の母方のご先祖様には稲荷神社の巫女さんが多いらしい。

 で、狐々乃のお母さんもそのまたお母さんも巫女さんの経験があるとのことだった。

「でね、代が新しくなると大伯母さんが家に訪ねて来ていたらしいの」

 そのあたりは私や華耶と共通のようだ。

「でも、一番最近だと私の曾祖母ひいおばあちゃんがお伽界に行ったらしいんだけど、お祖母ばあちゃんとお母さんは話だけで、行ったことはないんだって」


 そう話す狐々乃も、言われるがままに来てはみたけれど、まだ状況をよく飲み込めていない、といった感じが表情に表れていた。

「ところで……」

 と狐々乃が私を見て言った。

「ん……何?」

「桃のその格好は……」

「うん……桃太郎なんだって」

 華耶の時もそうだったけれど、自分が桃太郎だって自己紹介するのにまだ慣れていなくて、ちょっと恥ずかしい。

「やっぱ、そうなんだね!でも、そのミニスカ……」

「でしょぉ!?ヘンだよねぇええーー!?」

 私は、ことさらそこを強調した。

「かわいいね!」

「……っへっ!?」

 狐々乃の予想外の反応に、私は変な声を出してしまった。


「だよねぇええーー私もかわいいと思うよ!」

 すかさず華耶が狐々乃に賛同した。

「えぇええーー!?華耶の着物のほうがずっとかわいいよぉおおーー」

「でも、この着物って動きづらいんだもん」

 と、着物の裾をヒラヒラさせながら華耶が言った。

「そうしたら……」

「そうしたら?」

「ミニスカ風に直してもらったら?」

 私が思いつきで言うと、

「そうか、その手があったかぁああーー!」

 と、天啓でも受けたかのように華耶の顔がにわかに晴れやかになった。


「侍女さん、あの……」

 と早速、華耶が侍女さんに頼もうとした。

「はい、裾を短く、桃さんの着物のようにするのですね」

 と、私達の話を聞いていたのだろう、侍女さんは合点がいった様子で言った。

「できるんですか!?」

 半信半疑だったのであろう、華耶がやや驚きながら言った。

「はい、お針子に話してみます。多分できると思いますよ」

 と、侍女さんがニッコリと答えてくれた。


「そうしたらさ、狐々乃の袴も……」

 と、華耶は狐々乃が身につけている赤い袴をじっとみつめた。

「え……えぇええーー?これはこのままでいいよぉ……」

 狐々乃が頬を赤く染めながら言った。

「でもさぁ……ミニスカの巫女さんとか……かわいくない?」

 華耶は顎に手を当てて思案顔になった。

 きっと、頭の中で狐々乃のミニスカ巫女姿を妄想しているのであろう。


「ところでさぁ……」

 思案顔を元に戻して華耶が私に聞いてきた。

「ん……なに?」

「桃の、そのミニスカの下って……」

 と、私の腰のあたりを凝視しながら華耶が言った。

「えっ……ちゃんと履いて……」

 と、私は言いかけた。

 が、そもそも、この格好になったこと自体、華耶に指摘されるまで気がつかなかった。

 なので、あえて下に何を着ているのか確認はしていなかったことに、今更ながら気がついた。


「ははぁ〜ん」

 と、華耶が邪悪な笑みを見せた。

「はっ……!」

 危険を察した私は、ミニスカ(本来は短い着物の裾と言うべきか)を両手で抑えて華耶の攻撃に備えた。

「なぁんてね」

 と、華耶は私の下半身から視線を外した。

(過剰防衛だったか……)

 と、私は裾を押さえる手を緩めた……そこへ。


「隙ありっっ!」

 あらかじめ私の油断を狙っていたのであろう、華耶は電光でんこう石火せっかの早業で私ににじり寄り、着物の裾を掴んでめくり上げた。


「ぎゃぁああああーーーー!」 

(お……乙女の秘密がぁああーー!)

 と、私はちっとも乙女らしくない悲鳴を上げた。

「ん?」

 だが、華耶の反応は素っ気なかった。

「……?」

 私は恐る恐る(というのも変だが)裾を捲られて露わになった自分の下半身を見た。

 そこには……。


「なぁんだ、ちゃんと履いてるじゃん」

 と、華耶が、がっかりした様子で言った。

 そう、私はちゃんと履いていたのだ、着物と同じ生地の短い袴を。

 ていに言えば短パンだ。

 すると今度は、安全を確認して一気に安心した私に、邪悪な考えが浮かんだ。


「私のは、まあ現代風のデザインだから下に履いてて当たり前だけどぉ……」

「……!」

 今度は華耶が危険を察知する番だ。

「華耶みたいに純粋な着物だと、下には何も……」

 私は両手の指をウニャウニャさせながら邪悪な笑みを浮かべて華耶に、にじり寄っていった。

「ひぃいいいいーーーー!」

 華耶は恐怖の悲鳴を上げながら、尻餅をついた格好で後ずさった。


「もう……やめなよ、桃」

 と、普段学校にいる時でも、こういう状況では殆ど静観している狐々乃が言った。

 それを聞いて私は、サッと狐々乃を見た。

「そう言えばさぁ……巫女さんも普通、下には何も……」

 と、邪悪な笑みの矛先を狐々乃に向けた。

「え……?」

 普段から白い狐々乃の顔色がより一層白く、というよりも、青白くなった。

「そうだよねぇ……」

 矛先が自分から外れたのをいいことに、華耶も私に便乗した。

「や……やめて……」

 横座りの状態で私達から遠ざかろうとする狐々乃。


「「うりゃぁああああーーーー!」」

「ひゃぁああああーーーー!」

 と、その後はうら若き乙女三人が着物の裾を捲り合うというカオスな状況となった。


「はいはい、皆さん、お茶とお菓子をどうぞ」

 と、こんな状況にもかかわらず落ち着いた様子の侍女さんが、お茶とお菓子を持ってきてくれた。


「「「お菓子!?」」」

 魔法の言葉を聞いた私達は、素早く姿勢を正した。

 お菓子は、さっきの唐菓子からがしの他にもう一種類追加されていた。

「わぁーー新しいお菓子ぃーー!」

「美味しそうーー柏餅みたいだねぇ!」

 それは、白いお餅を葉っぱで挟んだお菓子だった。

 柏餅に似た見た目だが、葉の形が柏とは違うようだった。

「それは椿餅つばきもちというお菓子です」

 侍女さんがそう教えてくれた。


「初めて聞いたね!」

「うん!狐々乃、こっちのドーナツみたいなお菓子も美味しいんだよ!」

「うん、美味しそうだね!」

 と、つい今しがたまでのカオスはどこへやら、美味しそうなお菓子を前に、私達は目をハートにして賑やかにお菓子とお茶を堪能するのだった。

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