第7話 空の旅

 輿こしきょうを目指して西へと向かっている。

 私と華耶は、輿に乗ってゆったりと流れていく景色をながめながらおしゃべりを楽しんでいた。

 さっきまでは、御簾みす小窓こまどを開けただけだったのだけれど、御簾を全部上げても大丈夫と侍女さんが言ってくれたので、今は板張いたばりの面を除く三面の御簾を上げた状態にしている。


 輿のふちには、座った状態で胸の高さくらいあるさくめぐらされていた。

 私達は、その柵に腕をせて寄りかかるようにしてくつろぎながら話をしていた。 


「さっきの話だけどさぁ」

 輿の下を流れていく風景を眺めながら華耶に私が言った。

 輿はつらなる山脈の上をゆったりと流れるように飛んでいる。

 所々にある谷には、張り付くように家々があって村落そんらく形作かたちづくっていた。

 村落の周辺には狭いながらも田畑たはたも見える。


「さっきの話?」

 華耶も流れる風景を眺めながら聞き返してきた。

「うん、華耶がかぐや姫だって話」

「あ、そうだね。それと……」

「それと……?」

「桃が桃太郎だって話もね」

 ニカッと笑いながら華耶が言った。

「そうだ、それも話さなきゃだね!」

 私も笑顔を返した。


「華耶はかぐや姫の子孫なの?」

 私が聞くと、

「ううん、かぐや姫の子孫じゃなくて……」

「じゃ、なくて?」

「かぐや姫を育てたおじいさんとおばあさんに繋がる血筋なんだって」

「そうなんだ!」

「うん、なんか信じられないような話なんだけどね」

「だよね……私もそうだった」

 私だって、最初に話を聞いた時は、桃太郎のアトラクションのバイトだと思ったし。


「でもね、大伯母さんは、私はついこの前に初めて会ったばかりなんだけど、だいわるたびに私の家族に会いに来てたみたいなんだよね」

 華耶の話を聞いて、私も自分のことを思い返した。

「ウチの場合は、長子ちょうしが十六歳になると会いに来るって言ってたから……似てるって言えば似てるね」

「そうだねぇ……」

「なんか仕組しくまれてるみたいで気味悪い気もするけど……」


 そんな話をしていると、侍女さんがお茶とお菓子を持ってきてくれた。

「お茶とお菓子をどうぞ」

 侍女さんが笑顔で言いながら、四角い御膳おぜんを私達の前に置いてくれた。

「「ありがとうございます!」」

 お茶とお菓子と聞いて、元気よくお礼をいう私と華耶。

 御膳には二人分のお茶と、二種類のお菓子が載せられていた。


「これ、なんていうお菓子ですか?」

 私が聞くと、

唐菓子からがしと呼ばれているものです」

 と、侍女さんが教えてくれた

 お菓子は二種類あって、見た目はツイストドーナツみたいなものと、丸いドーナツのようなものがあった。

「ドーナツかな?」

「そんな感じだね」

 そう言いながら私はツイストドーナツを、華耶は丸いドーナツを手にした。


 そして、二人同時にパクっと一口食べた。

「「美味しいぃいいーーーー!」」

 私が食べたツイストドーナツは、表面がカラッと揚がっていて、中はしっとりといていた。

「これ、お砂糖じゃなくて、はちみつの甘さかも……!」

 私がもぐもぐしながら言うと、

「こっちは中にあんこが入ってるよ。甘さも丁度ちょうどいい!」

 華耶も美味しそうにもぐもぐしている。


 一緒に出してくれたお茶も口にしてみる。

「うん、お茶もお菓子に合ってて美味しい」

「だねぇ、どんどん食べれちゃうかも」

「食べ過ぎ注意だね」 

「うんうん!」

 なんて言いながら、私達は賑やかにお茶とお菓子をいただいた。


「ねぇ、あの廊下の先に行ってみようよ」

 お菓子とお茶をいただいて一息ひといき入れた後に華耶が言った。

「そうだね、すごく気になるもんね」

「侍女さん、いいですか、見に行っても?」

 華耶が侍女さんに聞くと、

「ええ、もちろんです。どうぞごゆっくりとご覧になってください」

 と、侍女さんはにこやかに言ってくれた。


 私達は顔を見合わせてニカっと笑うと、さっと立ち上がって引き戸の方へと移動した。

「部屋を一つずつ見ていこうよ」

 華耶が戸を開きながら言った。

「うん、そうしよう!」

 そう答えて、私も華耶の後から廊下へと進んだ。


 廊下は二人が横に並んでも、まだ余裕があるほどの幅があった。

「私、こっちを見ていくね」

「じゃあ、私はこっちを見るね」

 華耶はそう答えながら左側の襖を開けた。

 私もすぐに右側の襖を開けて中を見た。

 部屋の広さは六畳から八畳くらいだろうか、畳敷たたみじきの部屋で、反対側は障子しょうじ付きの窓になっていた。

 部屋には、小さめの箪笥たんすと丸い御膳と座布団ざぶとん、それと部屋のすみには恐らくは収納用であろう木箱きばこ着物掛きものかけ、それと布団がたたんで置いてあった。


「普通の和室って感じかなぁ」

 私が言うと、

「うん、こっちもそんな感じぃ」

 華耶の答えが返ってきた。

 こうして一部屋ずつ襖を開けて見ていくと、部屋自体はどれもほぼ同じだった。

 だが、調度品ちょうどひんは部屋ごとに多少違っていた。

 箪笥や御膳の形や大きさが違ったり、座布団や布団の色柄が違ったりしている。

 中には、屏風びょうぶが置いてある部屋もあった。


 やがて私達は廊下の突き当りまで来た。

 正面には入口と同じような引き戸が、左右には片開かたびらきの扉があった。

「この横の戸はなんだろうね?」

 そう言いながら私は右側の扉を開けて中を見た。

 そこは、広さはたたみ一畳いちじょうくらいの広さで、中央には持ち手付きの板が置いてあった。

「……?」

 と、私は一瞬いっしゅん考えたが、

(あ……!)

 と思い当たった。


 ちょうどその時、後ろから

「うっわっ!」

 という、華耶が変な声を上げるのが聞こえた。

 振り返って見てみると、華耶は板を持ち上げていて下をのぞいていた。

 私も、持ち手をつかんで板を持ち上げて、その下を覗いてみた。

「うっわっ!」

 私も華耶と同じように変な声を上げてしまった。


 そこには何も無かった。

 いや、何も無いというのは語弊ごへいがあるかもしれない。

 そこには、ふたになっていた板よりも一回り小さい穴が空いていた。

 何も無い、という印象を持ったのは、その穴が真っ暗で、果てしない虚空こくうつながっているように見えたからだ。


「これって……」

 私がつぶやくように言うと、

「うん……きっと、あれだよね……」

 華耶が私の後ろから覗き込みながら言った。

 そう、いわゆるようす場所だろうと思うのだが、

「なんか、吸い込まれちゃいそう……」

「ちょっと怖いね……」

 あまり長いこと見ていると、本当に吸い込まれていってしまいそうなので、私はとっとと蓋をして廊下に出て扉を締めた。


「一応、侍女さんに後で聞いてみようね」

「だね、必要なものだし」

 私達はそう言って、最後の部屋、廊下の突き当りの引き戸の前に立った。

「ここが最後だね」

 私が言うと、

「うん、でもなんとなく予想はつくよね」

「だねぇ」

「一緒に開けようか?」

「うん、そうしよう!」

 ということで、私達はそれぞれ左右の戸に手をかけた。


「それじゃあ、いくよぉーー」

「うん!」

「いっせぇのぉー」

「「せっ!」」

 と、掛け声とともに、私達はガラッと戸を開けた。

 そこは板敷きの広間だった。

 広間のあちこちには竹のかごが置いてあり、広間の先は湯気ゆげで白くなっていた。


「「やっぱりぃいいーー!」」

 そう、そこは私達の期待通りお風呂場だった。

 私達は小走りに広間に上がり、浴場のふちまで進んだ。

 浴場は床も浴槽も木製で、風呂場いっぱいに木の香りがしていた。

「これって、ひのきのお風呂っていうのかな?」

「うんうん、聞いたことある。きっとそうだよ!」


 風呂場全体の広さは、学校の教室の半分かそれ以上ありそうだった。

 浴槽も二人どころか五、六人一緒に入っても余裕がありそうだ。

 浴槽の向こう側は雨戸のようになっていて、今は開けられた戸の向こうに空が見えていた。

「しかも、露天風呂だよ!」

「うん、気持ちよさそうーー!」

 私達は豪華なお風呂に浮かれて、キャーキャー騒いだ。


「こんなに広くて立派なお風呂、二人だけで入るのはもったいないねぇ」

「だよねぇ……狐々乃ここの和叶わかなもいたらいいのに……」

 と華耶が言ったところで、

「「……!」」

 私達は目を合わせた。


「もしかしたら……!」

「うん……!」

 新たな期待が私達の中に芽生えた。

 そこへ侍女さんがやってきて、

「もうすぐ、次の目的地につきますので、ご準備をお願いいたします」

 と、知らせに来てくれた。


「「はぁーーい!」」

 次は誰に会えるのだろう、そう期待に胸を膨らませて、私達は風呂場を後にして輿こしの部屋へと向った。

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