第6話 輿に乗って

「わぁああーー広いねぇええーー!」

 輿こしは外から見ても大きく見えたが、中に入ると、より広さが実感じっかんできた。

「でしょぉーー?」

「うん、私の部屋と同じくらいありそう」

 高さも十分じゅうぶんあって、私や華耶なら普通に立てるだけの高さがあった。

 外から見た時は前後ぜんご左右さゆう、全てに御簾みすかっていたが、内側から見ると一面だけは板張いたばりになっている。

 その板張りには引き戸がついていた。


「あの引き戸が本来の出入り口なのね」

 私達は横の御簾みすを上げてこの輿に乗ってきたのだ。

「ううん、違うよ」

「え、違うの?」

「うん」

 華耶はそう言うと、引戸に近づいて戸を開いた。


 戸を開けば御簾があり、その御簾を上げれば外側が見える、当然のこととして私は思っていた。

 だが、私の予想はあっさりとくつがえされた。

 華耶が戸を開けたその先には、長い板敷いたじきの廊下が続いていた。


「えっ?」

「ねっ!」

 私は横の御簾を上げ、輿の外に顔を出して、引き戸がついている側を外から見てみた。

「何にもない……」

「そうなんだよう、私も最初はびっくりしてさぁ」


 私は元の場所に戻って華耶と並んで戸の奥を眺めた。

 廊下の両側にはズラッとふすまが並んでいて、長さは学校の廊下くらいはありそうだった。

 突き当りには別の引き戸が見える。


「部屋がたくさんありそうだね」

 私が言うと、

「だよね。私もまだこの先には行ったことはないんだけど」

 廊下の奥を覗きながら華耶が言った。

「二人とも、ちょっといいかしら?」

 外から大伯母さんが呼ぶ声が聞こえた。

「「はぁーーい!」」


 私達が元気よく返事をして輿から降りると、大伯母さんと華耶の大伯母さんが並んで待っていた。

 私達が大伯母さんたちの前に行くと、

「それじゃ、これから先はあなた達二人で旅をしてね」

 と、いきなり大伯母さんから通告つうこくされた。


「「えぇええええーーーー!?」」


 私と華耶は声を揃えて驚きの声を上げた。

「わ、私達だけでですか!?」

「そんなの絶対むりぃいいーー!」

 私と華耶がギャーギャーと騒ぎ立てたが、二人の大伯母さんはまるでひるんだ様子もなく穏やかに微笑んでいる。

「大丈夫よ」

 大伯母さんはそう言いながら、懐から出したものを私に差し出した。

「「ギャーギャ……ん?」」

 私と華耶はギャーギャー騒ぐのを一旦やめて、大伯母さんが差し出したものをじっとみつめた。


 それは、ほぼ手のひらサイズの、楕円形だえんけいひらたい何かだった。

「……それは、何ですか?」

 平たい何かから視線を外さずに私は聞いた。

 華耶も興味きょうみ津々しんしんで大伯母さんが手にしているものを見ている。

「これは鏡よ」

「「鏡……?」」

 またもやハモってしまう私と華耶。

「ええ、そうよ」

 私と華耶はもっとよく見ようと一歩前に出た。

「この鏡を待っていきなさい」

「この鏡を……ですか?」

(なんで鏡……?)

 身だしなみを整えなさい、ということなのだろうか。

(それはそれで、大事なことだけど……)

 などと、私の思考が斜め上に進み始めたところ、

「この先、あなた達に必要な指示がこの鏡に映し出されるわ」

 と、大伯母さんが教えてくれた。


「本当ですか!?」

「すごぉおおーーい!」

 私と華耶は、さっきとは打って変わって手を握り合ってキャーキャー喜んだ。

「それに、もし何か私に聞きたいことがあったら、鏡に向かって問いかけてみるといいわ」

「そうすれば答えてくれるんですね?」

 私は期待を込めて聞いた。

「そうね……大体はね」

 大伯母さんの答えはいささか私の期待外れだった。


「大体……って」

 私は、心持ちしょんぼりして大伯母さんに聞き返した。

「あなた達を、がっかりさせるつもりはないのよ。でもね……」

「でも?」

「これからお伽界であなた達が経験することは、ある意味試練でもあるの」

「「試練?」」

 何やら大袈裟な話になってきたようで、いささか不安になってきた。

 私は隣の華耶を見た。

 華耶も不安そうな目で私を見ている。


「このお伽界であなた達が自分の力で試練を乗り越えれば、それだけ現実世界の人々も元気づけられるのよ」

「「……」」

 私と華耶はなんと答えていいかわからずに黙り込んでしまった。

「このお伽界では、あなた達は主人公なんですからね」

「「主人公……?」」

「そうよ。その主人公が何から何まで助けてもらってばかりじゃたよりないでしょう?」

「「……」」


 確かに、私は桃太郎の子孫と言われて、このお伽界にやって来た。

 である以上、可能な限り自力で進んでいかなくては、というのもわかる気がする。


「それは、私達の行動がお伽噺とぎばなしのあり方に関わってくる、ということなのですか?」

 私が、ふと思い浮かんだことを聞くと、

「ええ、まさにその通りよ」

 大伯母さんが「よくできました」と言わんばかりの笑顔で言った。

「えへへ……」

 思わぬところで大伯母さんにめてもらえたようで、私は嬉しくなってしまった。

 照れくさくなりつつ隣の華耶を見ると、ニッコリと笑顔をかえしてくれた。


「それに、輿には侍女もいるから困ることはないと思うわ」

 華耶の大伯母さんが言った。

(そうか、さっきも……)

 私がここに来たとき、輿の傍には華耶と一緒に数人の女性がいた。

(ん……?とすると……)


「そういえば、華耶?」

「ん、なに?」

「華耶もお伽界では何かの役割があるの?」

 と、ふと疑問に思ったことを聞いてみた。

「うん、私、かぐや姫なんだって」

 と、サラッと言う華耶。

「そう……って、えぇええええーーーー!?」

 私の桃太郎も大概だけれど、華耶のかぐや姫というのもとんでもない話だ。


「も……?ってことは桃は?」

「うん、うちは桃太郎の直系の子孫なんだって」

「えぇええええーーーー!?」

 今度は華耶が驚く番だ。

「そっか……まだ、言ってなかったよね」

「うん、そうだね」

 と、私と華耶は顔を見合わせて、照れ笑いをした。


「そういう話は、輿の中でゆっくりと話せばいいわ」

 大伯母さんが言った。

「輿の中で……」

 ということは、

「中で持っていれば、誰かが来たりするのですか?」

 私が聞くと、

「いいえ、違うわ」

「……?」

「輿に乗って、次の目的地に移動するのよ」

「輿に乗って……」

「移動……?」

「ええ、ほら、見ててご覧なさい」


 大伯母さんがそう言って輿を手で指した。

 それに従って輿を見ると、輿の担ぎ棒の下からモクモクと煙が湧いてきた。

「「あっ!」」

 私と華耶が驚きの声を上げる。

 煙は段々と濃くなって綿わたのようになっていった。

 そして、輿が台座から少しずつ浮き上がっていった。

 まるで、綿のような煙に持ち上げられているかのように。


「あれって……雲に乗ってるのかな……?」

「だよね……雲に乗って浮いてる……すごい!」

 雲に乗って台座から浮き上がった輿は、ほぼ地面の高さまで下がってきた。


「さあ、行ってらっしゃい」

「しっかりね。楽しい旅を」

 私の大伯母さんと華耶の大伯母さんがそう言って送ってくれた。

 私と華耶は顔を見合わせて大きく頷いた。

「行こう!」

「うん!」


 こうして、私と華耶は二人の大伯母さんのお見送りの言葉を背に意気いき揚々ようようと輿に乗り込んだ。

「それでは、参りましょうか」

 私達が輿に乗り込むと、既に乗り込んていた侍女が言った。

「「はい!」」


 御簾の小窓を開けて外を見ると、輿が少しずつ浮き上がっていくのが分かった。

 私達が開いた窓から大伯母さんたちに手を振ると、彼女たちも手を振って返してくれた。

 輿はゆっくりと上昇していき、社と周りの木々がミニチュアのように見える高さで一旦静止した。


「神社があんなに小さくなっちゃったよ」

 華耶が小窓から顔を出して下を見て言った。

 私も華耶の横から顔を出して下を見てみた。

「うんうん、もう、おもちゃどころか米粒みたいだよね」 


 そんな話をしていると、輿が水平方向に動き出した。

「ねえ、侍女さん」

 華耶が聞いた。

「はい」

「この後はどこにいくの?」

「この後はきょうに向かいます」

「京ってみやこの?」

「はい」

「てことは……」

 と、私がある事に気づいてそう言うと、

「てことは……?」

 華耶が聞いてきた。

「昔の京都だよ!」

「そうだね……」

 華耶には、私の言わんとするところが今ひとつ分からないようだ。

「華耶たちのお雛様ひなさまみたいな着物からしたらさ、お伽界の京の都は平安京へいあんきょうなんじゃないかな?」

「平安京?」

「そうだよ。模型とかじゃなくて実物が見れるんだよ!スゴくない?」

「うん……でもさ」

「でも……なに?」

 私の興奮が華耶には今ひとつ伝わらないようだ。

「前に授業で習ったじゃん……飢饉ききんとかで京の三条さんじょう河原がわらに……」

 華耶がブルっと震えながら言った。

「そういえば……そんな話もあったね……」

 私と華耶は不安と、決して小さくない恐怖で顔を青くしながら、ヒシと抱き合った。


 そんな私達を見て侍女さんが安心させるように言った。

「大丈夫ですよ。ここはお伽界ですから、そういう事に出くわすことはありません……多分……」

「「多分……?」」

 侍女さんが言葉の終わりに小さく言った言葉を耳聡みみざとく拾った。

(どうか怖いことなんてありませんように!)

 そう心で願いながら、華耶と身を寄せ合った。


 小窓の外を見ると、既に富士山は遠く見えるほどのところまで飛んできていた。

(西の方だと、どのあたりまで富士山が見えるんだろう?)

 そんなことを考えながら遠ざかる富士山を見ていると、今しがたの怖い思いは薄らいでいき、これから先の旅への期待が高まってきた。


(うん、私って、やっぱ得な性格してる!)

 私はそう思いながら、いつもの調子で華耶と着物の話などを始めた。

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