第5話 最初の仲間

 大伯母さんに手を引かれて、ほこらの奥の不思議で少し不気味な光のうずの中に私は入っていった。

 光の渦をくぐる時に、そのまぶしさに目がくらんでしまい、すぐには視力が戻らなかった。


「さあ、着いたわ」

 そういう大伯母さんの言葉に、私はゆっくりと、つむっていた目を開いていった。

 私達はどこかの建物、恐らくはやしろの中から外を見ているようだ。

 大伯母さんが先に進んで、戸口とぐちの先へ進んで行ったので、私もすぐ後について外に出た。


 社を出た先には、驚くほど透明度が高い水をたたえた池が広がっていた。

「わぁ……水が綺麗……!」

 私の口から思わず声がれた。

 それほど深くはないとはいえ、底に散らばる石の一つ一つまでくっきりと見ることができる。


「そうでしょう?」

 大伯母さんは、まるで自らを称賛してもらっているかのように嬉しそうに言い、

「この池の水はね、ほら、その向こうの山のき水なのよ」

 私達がいる側の反対に水が流れ込んでいる口があった。

 その口から遠くへと目を移していくと、

「あっ!」

 池の遠景えんけいには見慣れた、というより日本人なら誰もが知っている山が美しくそびえ立っていた。

「富士山……!?」

「ええ、そうよ。ここは富士山のふもとの神社なの」

「神社……?」

 そう聞いて私は後ろを振り返って、今出てきたこじんまりとした社を見た。


「そっちじゃないわ」

 大伯母さんはそう言いながら、左手の松の木立こだちの方を指した。

 彼女が指す方を見ると、松の木立の間から赤い社殿しゃでんが見え隠れしていた。

「社殿であなたを待っている人がいるから……」

「えっ、私を!?」

「ええ」

「誰ですか?その……待っている人って?」

「うふふ、行けばわかるわ」

 と謎めいた事をいう大伯母さん。


 私達は、木立の間を抜けて社殿の前に出た。

 そこにあったのは大きな、

「お神輿みこし……?」

 のようなものだった。

 木製の台の上に乗ったそれは、私が知っているお神輿よりもはるかに大く、大きいワゴン車が横に二台並んだくらいありそうだった。


 お神輿と言えば、小さな社みたいな形をしているものだと思っていたのだが、それはかつぼうの上に載った四角い演台えんだいのような形状で、四つのかどに立った柱に屋根が載っていて、前後左右に御簾みすが下がっていた。


「お神輿というか、輿こしかしらね」

 大伯母さんが言った。

「主に昔の公家くげが使ってたものをした形にしているわ」

 大伯母さんの説明に、

「へぇーー初めて見ました、私」

 と、感心しきりの私だった。


 輿のそばには何人かの女性が集まっていた。

 私が驚いたのは、その服装だ。

「……おひなさま!?」

 そう、女性たちが着ていたのは、お雛さまが着ているような、赤や黄、紫や緑など、鮮やかな色合いの着物だった。

「そうね、平安時代の着物を模しているわ。すそは歩きやすいように短くしているけれど」

 大伯母さんが説明してくれた。


 その鮮やかで美しい着物に私が見惚みとれていると、彼女たちの中でもひときわ鮮やかな色合いの着物を着た一人の女性がこちらに気付くと、

「桃ぉおおおおーーーー!」

 と叫び、まわりにいる女性をき分けて、ダッとばかりに駆けて来ようとした。

「えっ……?」

 ポニーテールをふりふりしながら駆けてくるその女性を見て、私は自分の目を疑った。

華耶かや……?華耶なの!?」

 そう、その女性、いや少女は私の親友、月竹つきたけ華耶かやだった。


「そうだよぉおおーー私も……っぎゃっ!」

 何歩か走ったところで華耶は、まとわりつく着物の裾に足を取られて、駆け出した時そのままの勢いで思いっきり前方にすっ転んでしまった。

「華耶ぁああああーーーー!」

 私は叫びながら、転んだ華耶の下へ猛ダッシュで駆けつけた。


いったたぁ……」

 華耶は上体を起こして横座りになり、地面にぶつけたのであろう膝をさすっていた。

「大丈夫、華耶!?」

 私は、砂利が敷き詰められた地面をザザァっと音を立てて滑り、華耶の下にしゃがみ込みながら言った。

「う……うん、ちょっと痛かったけど大丈夫」

 と華耶は、やや無理しながらも笑顔で答えてくれた。

「ホント、この着物動きづらいんだよねぇ……」

 華耶は着ている着物の裾を指で摘んでヒラヒラさせながら愚痴ぐちをこぼした。

「桃の着物はいいよねぇ、動きやすそうで……」

 と、華耶は付け加えた。


「え、私の……着物?」

 私は、さっきお伽界に来てから、自分の服のことには全く頓着とんちゃくしていなかった。

 家を出るときは膝丈のパンツに薄手のセーターとジャケットという出で立ちだった。

 当然、今もそのままの服装でいると思っていたのだが、華耶に言われて改めて自分を見てみると、

「え……えぇええええーーーー!?」

 なんと、上には腰丈こしたけの明るめの紺色の着物に薄い水色の陣羽織じんばおり、で下はというと……。


「なんでミニスカっ!?」

 私は、思わず自分でツッコミを入れてしまった。

「えぇーーいいじゃん、かわいいよ、桃」

 つい今しがた転んだダメージから早くも回復した華耶は、しゃがみ込んでいる私に近寄って、むき出しになってしまっている私の太ももをペチペチした。

「ペチペチすなっ!」

 そう言って私は、私の太ももをペチペチする華耶の手をペチッと叩いた。

「いいじゃんいいじゃん」

 華耶はちっともめげずにニコニコして言った。


「はぁ……あ……ところでさ」

 私はため息をつきつつ言った。

「ん?」

「なんで華耶がここにいるの?」

「あ、そうだよ、その話だよ!」

 と、思い出したように華耶が言った。

(って、まだ話らしい話はしてないけど……)


「実はね、桃の誕生日のあの日、家に帰ったら私のところにも大伯母さんが来てたの」

「え、華耶の家にも?」

「うんうん、それでね……」

 と、華耶が話を続けようとしたところへ、いつの間にか一人の女性が私達の近くに来て立っていた。


「こんにちわ」

 女性に気づいて私が顔を上げると同時に、んだ優しい声でそう挨拶をしてくれた。

「……!」

 その女性の姿を見て、私は言葉を失い、文字通り固まってしまった。

 その、とてもこの世の人とは思えない、畏怖いふを覚えるほどの美しさに。


(ね……信じられないくらい綺麗でしょ……!)

 華耶がヒソヒソ声で私に言った。

(……!)

 まだ声が出せない私は、ブンブンと首を縦に振って同意した。


「ご苦労さま、お久しぶりね」

 いつの間にか私の後ろに来ていた大伯母さんが、その美しい女性に言った。

「お久しゅうございます、お祖母様ばあさま

 その美しい女性は優雅ゆうがにお辞儀じぎをしながら言った。


(お祖母様……?)

 この二人の女性は家族なのだろうか?


 大伯母さんは私のすぐ後ろに立っていたので、その表情は見えなかったが、軽くため息を付いて、

「その呼び方はやめてもらいたいのよねぇ、いさらばえたような気持ちになってしまうから……」

 と、うれいを込めつつも優しく言った。

「私達は皆、親愛しんあいの気持ちを込めてそうお呼びしているのですよ」

 神々こうごうしいばかりの笑顔で華耶の大伯母さんが言った。

「ええ、わかっているわ」

 そう言いながら、大伯母さんは私の肩に手をかけた。

 私は、それを合図にするように立ち上がって大伯母さんを見た。

 彼女はいつも通り優しく微笑んでいた。


「それじゃ、輿の中で、お話しましょうか?」

 華耶の大伯母さんがそう言うと、華耶がパッと立ち上がって私の腕を取って言った。

「うんうん、行こう行こう!あの輿の中ってすごいんだよ!」

 つい今しがたすっ転んだ痛みはどこへやら、華耶は意気いき揚々ようようと私を輿へといざなった。


 私は、後ろにいる大伯母さんを振り返った。

 彼女は私に優しく微笑みかけ、同意してくれた。


(華耶の大伯母さんとの関係とかも教えてもらえるのかな……)

 考えてみれば、大伯母さんというだけで、名前も何も知らされていない。

 父が全幅の信頼をおいているので、私に彼女を疑うという気持ちはないのは確かではある。


(でも……)


 名前とか、どういうことをしている人なのか、くらいは教えてほしいとは思うのだ。

 私はそんなことを考えながら、明るく賑やかに私を引っ張っていく華耶に着いて行った。



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