第3話 桃太郎の子孫


(桃太郎の……子孫?)

 この人は私をからかっているのだろうか?

 私だって、もう十六歳。

 立派な……とは言えないものの、一人前の……でもないけれど。

 とにかく、お伽話とぎばなしを信じてに受けるようなとしではない。


「まあ、そういう反応になるよな」

 と、父が言った。

「俺のときもそうだったからなぁ……」

「え……?お父さんも?」

「ああ、桃と同じ十六歳の誕生日にな」


(ということは……)

 そう思って大伯母さんを見ると彼女は頷いて、

「ええ、そうなのよ。代々の騎美都家きびつけ長子ちょうしにこの話をさせてもらってるわ」

 と落ち着いた様子で言った。


「そう……なんですか……」

 と、表面上は理解したような返答をした私だったが、正直なところ何が何だかさっぱりな状態だった。


(ん……代々、させてもらってる……?)

 少し間をおいて考えてみると明らかにおかしいし、というかあり得ない話に思えてきた。


「あの……そうしたら……大伯母さんて……」

 おいくつなんですか?という問いが出てこなかった。

 あまりにも聞くのが怖くて。

 そうしたら、そのあたりの私の気持ちを察したのか父が、

「色々と気になることはあるだろうが、まずは大伯母さんの話を聞いてくれ」

 と私に言った。


「……はい」

 混乱した頭ながらも、というより混乱しているからこそかもしれないが、私は父の言うことに素直に従った。


 大伯母の話によれば、桃太郎の直系たる騎美都家の長子は十六歳を迎えるとあることをしなければならない。

 そのあることとは、お伽界とぎかいという、いわゆる桃太郎が活躍するお伽噺の世界に行って桃太郎になり、桃太郎としての責務せきむを果たすこと。

 つまりは、鬼ヶ島の鬼を退治しなければならない、ということらしい。


「お、鬼退治って……何かのアトラクションですか?なんとかランドとかの……?」

 私は運動は好きなほうだが、かと言って得意というほどではない。

 しかも、鬼退治のアトラクションともなれば……。

(格闘系のアクションだよねぇ……ちょおっと私には無理じゃね……?)


「あの……私にはそういう、なんというか……高度なアクションシーンは難しいと思うのですけれど……」

「アクションシーン?」

 大伯母さんが不思議そうに聞き返してきた。

「ええ……そういうことですよね?」

「……?」

「その……お伽界?とかいうテーマパークで私が桃太郎役になって、鬼役の人を退治するアトラクションをやるアルバイト的な……」

 今ひとつ話が通じていない大伯母さんに私が理解したところを話すと、

「いや、違うぞ、桃」

 と父が口をはさんできた。


「え?」

 思わぬところから横槍よこやりが入って、また、私の頭が混乱しだした。

「違うって……」

 どういうことなんだろう、と私が思っていると、

「なんとかランドとかアトラクションとかじゃなくて、本当にお伽界という別の世界があるんだよ」

 と父が言った。


「別の世界がある……?」

「ああ、そうだ。実際にお父さんも行ったことがあるしな」 

「あ……」

(そう言えばさっき、お父さんの時も、って言ってたっけ……)


 それにしても、別世界なんていうものがあるなんて、

(お父さんの言うことが信じられないというわけじゃないけれど……)

 やはり、おいそれとは信じられない。


「まあ、とりあえずは別の世界があるという前提で大伯母さんの話を聞いてくれ」

 と父はさとすように私に言った。

「うん……わかった」

 まだ、頭の整理ができたわけではなかったが、話を進めるためにも一旦は別世界ありきで話を聞くことにした。


「じゃあ、よろしいかしら?」

 私と父のやり取りを黙って聞いていた大伯母さんが聞いてきた。

「は、はい……お願いします」 

 私は膝に両手を載せて頭を下げた。


 大伯母さんの話によれば、お伽界というのは現実世界と夢の世界の狭間はざまにある世界だということだ。

 そこでは、私達がよく知っている様々なお伽噺が繰り広げられている。

 そして常にあるべき結末を迎えられるように、それぞれの者がそれぞれの役割を果たしている。

 例えば、桃太郎の話であれば、桃太郎が鬼ヶ島に鬼退治に言って鬼を退治する、ということを延々えんえんと繰り返している。


「お伽界はね、この世界の人々の無意識とつながっているの」

 大伯母さんが言った。

「無意識と繋がっている……?」

「ええ、そうよ」

「それは、どういうことなのでしょう……?」


(む……なんか難しい話になってきたなぁ……)

 私は脂汗あぶらあせをかき始めた。


「お伽噺とぎばなしがちゃんとつつがなく繰り返されていれば、皆が幸せな気持ちになれる、ということかしらね」

「はあ……」

「つまり、桃ちゃん達がお伽界へ行って元気に楽しく桃太郎をやればいいっていうことなの」

 大伯母さんがニッコリして言った。

「は……はい」

 なんか上手く丸め込まれているような気がしないでもないのだけれど……。


 チラリと両親を見ると、父はやはりニコニコ(ややニヤニヤ)していて、母は微笑んではいるものの、私を気遣っている様子がうかがえた。

(まあ、お父さんは心配してなさそうだし……)

 自身も行ったことがあるという父が無事に戻ってきて、今こうして家庭を持てているのだ。


(ま……大丈夫かな)

 そう思うと、少し気が楽になって脂汗も引いたようだった。

(元気に楽しく……か……て、そういえば……)

 私はふと気がついた。


「あの、大伯母様……」

(て、呼んでもいいんだよね?)

「なあに?」

「さっきのお話で“桃ちゃん”って言いましたよね?」

「ええ、そう言ったわ」

「ということは……」

「ええ、お伽界へはあなた一人で行くわけではないわ」

「だ……誰と行くのですか?」

「うーん、それはあとのお楽しみ、かしらね」

 と大伯母さんはニッコリと微笑みを返してきた。

「はぁ……そうですか」

 今ひとつスッキリしない私。


(桃太郎のおともといえば犬と猿とキジだよね……)

 大伯母さんは「後のお楽しみ」と言っているが、あまり楽しみに思えるような同行者ではない気も……


(でも、犬はいいかも……柴犬とかなら可愛いし……)

 なんて考えたら、なんとなく楽しみに思えてきたのだから、やはり私は好奇心旺盛で冒険好きなのだろう。


(これも、桃太郎の血筋というやつなのかな……)

 そう思いながら大伯母さんを見る私は自然と笑顔になっていた。

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