3.自己紹介
「おじさん、こんにちは」
男が少女と出会ってから一週間が経った。少女は男にとって、初めて話した幻灯町の人間であり、その後町を案内してくれた恩人でもあった。しかしながら、その日を境に毎日毎日、男の元を訪ねてくるこの少女に対して、若干の億劫さを感じていたのもまた事実であった。
「その"おじさん"って、呼び方やめろ」
「だって、名前知らないもん」
ちなみに男が住んでいるのはログハウスのような造りの家だった。金など当然、持ち合わせていない男にとって家を借りることなど決して不可能。であれば、と駄目元で頼み込んだところ、ちょうど運良く誰も使っていない空き家があるとのことで図々しくも使わせてもらえることになったのだ。
「幻まぼろし司つかさ……………それが俺の名前だ」
「へ〜……………なんだか珍しい名前だね」
「俺からしたら、この町の方がよっぽど珍しいわ」
「そうなのかな?」
「どんなところでもずっといりゃ、それが当たり前になる。それの最上級が"住めば都"だ」
「あっ!それ知ってる!"シメはいりこ"!!」
「"住めば都"だ!どう間違えたら、そうなる!」
「そういえば、名前何て呼べばいい?」
「ったく、急に話題が変わるな……………好きに呼んでくれればいいよ」
「そう言われると困るよ〜な。うーん………………はっ!!もしかして、今日のおかずは何でもいいと言われて困るパートナーの気持ちって、こういうもの!?」
男………司の言葉に対して、人差し指を口に当てながら、虚空を見つめた少女は数秒悩んだ挙句、こう口にした。
「じゃあ、間を取って"おじさん"で」
「さっきと何も変わってねぇじゃねぇか!!一体、どこの間を取ったんだよ!!」
「嘘!嘘だよ、司さん」
そう言って、軽く微笑んだ少女は次の瞬間、司の耳元でこう囁いていた。
「私の名前は花見はなみ雪ゆきっていうの。覚えてね」
「……………何て呼べば?」
「好きに呼んで!!」
「…………ったく」
司は再度、思った。毎日訪ねてくる恩人、これほど無碍にできない厄介者はいないと。
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