2.幻灯町
幻灯町。都心からだいぶ離れた場所にあるその町は人口約五百人程であり、東京からは車で片道二時間程の距離にあった。日本は春夏秋冬、四季のはっきりとした国ではあるが、ここ幻灯町に限っていえば、そんなことはない。特徴としては一年の半分以上…………約八ヶ月もの間、雪が降り続けるという非常に稀有な町であった。しかもそれだけではない。"雪見病"という世にも奇妙な病が発生する町ということでもあった。
「………………」
男は何かに導かれるようにして、この町へとやってきた。占い師に声を掛けられたあの日から、寝ても覚めてもこの町のことが頭から離れなかった男は気が付けば、幻灯町について色々と調べていた。そんなことは男が今のような状態になってから、初めてのことであり、この町に来るまでの男を辛うじて、死の淵から救ってくれていた。
「寒いな」
車から降りた男の第一声がそれだった。男が吐いた息はすぐに白い煙となり、音もなく降り積もる雪に混じって消えていく。男が降りた直後、運転席の扉がゆっくりと開く音が聞こえた。
「ね?噂通りの町でしょ?」
この車は男のものではない。以前、説明した通り、男は何もかもを失っているのだ。当然、金がある訳もなく、車など以ての外だった。男はここまでヒッチハイクをして、辿り着いていたのだ。とはいっても本来、男にそんな度胸はあるはずもなかった。男は元々、引っ込み思案な性格をしていたのだ。ヒッチハイクなんていう明るい人向けの難易度の高い行いは男にはおよそ似つかわしくはない。だが、先述したように男は幻灯町について色々と調べていた。その最中、参考にしたのは書物などの文献だけではない。男は生の声も貴重な知識と判断し、以前住んでいた家の近くに住む人と積極的に世間話をし、その中でさりげなく幻灯町についての情報を得ていたのだ。そして、それは同時に男がした久しぶりのちゃんとした会話でもあった。
「そう…………ですね」
そうして実際に幻灯町へと足を向けるまでに行われた数々の会話を乗り越えた男にとって、ヒッチハイクなどは造作もないことだった。もちろん、車中での会話もそつなくこなし、この町のことも丁寧に教えてもらっていた。
「じゃあ…………気を付けて」
ここまで運んできてくれた人のどこか意味深な視線には気付いていない振りをしつつ、男は礼を言って頭を下げた。男が見送ったその車は気のせいか、帰りを焦っているようにも見えた。
「おじさん、この町初めて?」
直後、その声は男のすぐ後ろから聞こえた。男が緩慢な動作で以て、後ろへと振り返るとそこには制服を着た1人の少女が立っていたのだった。
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