第66話 村へ入る

「エルダ、落ち着いてくれ。子供から手を離しなさい」

 と侯爵が言ったが、頭に血が上っているエルダはヒステリックにわめくばかりだった。

「あんたを誰にも渡すもんか! あんたはあたしの夫で、子供達の父親なんだ! あたし達を捨てて村を出て行くなんて許さないからな!」

 エルダは侯爵にすがりついて泣きわめいた。

 それに習い、子供達も「パパ、ママ」と小さく呟いている。

「エルダ! 今はダダの子を診てもらうのが先だ! それに子供はまた作ればいいなどとは言うな!」

 侯爵がエルダの両肩を掴んで、強い口調でそう言った。

 一瞬、エルダは言葉を失ったが、すぐに涙でぐしゃぐしゃの顔を左右に振りながらわめき始めた。

「ダダ! ここはいいから行きなさい、その人を案内して子供を診てもらうんだ」

「駄目だ! その女を村に入れるってんなら、この子を殺してやるからな!」

 エルダは両手で我が子の首を締めようとして、その顔は醜く引きつって本当に鬼のようだった。


「りりちゃん、あの女は興奮してる、ちょっとばかり眠ってもらおうな」

 とおっさんが言い、小さな手のひらをふうっと吹いた。

 その瞬間、エルダの身体が揺れた。

「エルダ!」

 雪の上に倒れる寸前にエルダの身体を侯爵が抱き止めて、私の方を見た。

「大丈夫です。興奮してらっしゃるから少し眠っていただきましたの。村長さん、あなたもお眠りになるか、私に子供を診させるか、どうします?」

 村長の老人は苦虫を噛んだような顔をしたが、ふんっと私達に背を向けた。


「おお! お願いします。こっちです」

 薪をかき集めたダダという村人が立ち上がって歩き出したので、私達はそれについて歩きだした。

 ダダの家では、暖炉に火もなく寒かった。

 家というより簡素な小屋で、何もかもが冷たく凍っていた。

 ベッドに寝ている顔色の悪い子供に毛布を何枚もかぶせていて、その為に夫婦は我慢して寒い思いをしているのだろう。

 オラルドが薪を暖炉に放り込んだので、私は火弾で火をつけた。

 それから子供の身体に触る。

「医者ではないから、どこかどう、とは言えないわ。熱を取り、回復魔法で体力を回復します。何かに感染しているみたいね、解毒もしておきましょう。サラ、荷物から食べる物を出して、こちらのご夫婦にも食べさせてあげて」

「はい、リリアン様!」


 子供は風邪を拗らせて、肺炎になりかかっていたのだろう。

 少しずつの回復魔法でエネルギーを与える。

 

「魔術師といえど、一気に全てを改善できる物ではないわ。少しずつ体力を回復させましょうね。あなた方も弱っているわね。どうぞ暖かい物を食べて暖を取ってちょうだい。お子さんには私がついてますから、少し眠ればいいわ」

 と私が言うと、ダダとその奥さんは涙を浮かべた。

「ありがとう……ございます」

 暖かスープを飲んだ夫婦は、ソファに腰をかけそして二人ともうつらうつらとし出した。

 暖房と満腹とに安心して気が緩んだのだろう。


「オラルド、あなたにはバナナを探しに行って貰わなくちゃなんだけど、少し、村にも食べる物を分けてもいい?」

「構いませんよ。私とヤトなら旅をしながらの狩りで食べる物は手に入ります。ありったけ置いて行きましょう」

「ありがとう。助かるわ」

「早速」

 とオラルドが言い、

「私もお手伝いします!」

 とサラが立ち上がった瞬間、よろけた。

 サラだって強行軍の旅で疲れているのは確かだ。

「サラ! 大丈夫……」

 よろけたサラをオラルドの腕が受け止めて、

「あ、ありがとうございます」

 とサラが赤くなった。

「無理するな。お前も休んでいろ」

 とオラルドが言いながら小屋を出て行く。

「だ、大丈夫です! 私だってお役に立てます!」

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