第65話 狂人
「あんた……医者なのか?」
薪を抱えた男が言った。
「リリアン様は医者ではありませんが、聖魔法を操る優れた魔術師ですから? 病人を診る事も出来ないことではありませんがね」
とオラルドが銀縁眼鏡をくいっとしながら言った。
「全ての病が治せるわけではないけれど」
「お願いだ! 子供を診てやってくれないか!」
男は薪を放り出して、私の前に膝をついた。
私が承諾する前にオラルドが、
「では、リリアン様とその従者が村に滞在し、そちらのダン氏と話し合う事を認めますね?」
と強い口調でそう言った。
「それは……できん」
と言ったのはエルダの父親で、病気の子供を持った男が信じられないといういう顔で老人を振り返った。
「村長! うちの子が病気なんだぞ! この人は子供を診てくれるんだ! 村に住むなりなんなりして欲しい! うちだけじゃない。寝たきりのじいさんばあさんだって大勢いるんだ!」
「それでも駄目だ! よそ者は入れない、それが掟だ!」
「そうだよ。今までだってそうやってみんな諦めて覚悟してきたんだよ! 今更!」
と言ったのはエルダだった。
「エルダ! あんただって子供が三人もいて、いつ誰かが病気になるか分からないんだぞ!」
「その時は諦めるよ。子供なんかまた作ればいいんだから」
その言葉は衝撃的で、私は身体が震えた。
「命は尊い」
命の尊さを説いた私の前世ですら、殺人は後を絶たず、毎日のように虐待死が報ぜられていたのだ。魔族を相手にするこの生きるのに過酷な異性界では命には値段がつき、奴隷が横行している。種族蔑視も甚だしく、弱い者は死んでいく。教会や国軍による弱者救済など手助けをする者も存在するが、全てを救えるわけではなかった。
この村は確かに辺境で救いの手も届かないだろうが、子供はまた作ればいいというエルダの考えは許せるものではなかった。
私を侯爵を見た。
例え、記憶を失っていても、この現状を見過ごすような人ではないはずだ。
「エルダ、その人にダダの子供を診てもらうんだ。他にも弱った者は診て貰おう。家の準備は俺がする。空いている小屋を使ってもらう」
と侯爵が言った。
その言葉にオラルドの頬に笑みが浮かんだ。
エルダの言葉に少なからずショックを受けたのだろう。
「あんた! そんな事は許さないよ!」
エルダが仁王立ちで侯爵を睨んだ。
「それにその人達は俺に話があるのだろう? それを聞きたいしな」
「駄目だ!」
エルダは振り返って私を指さし、
「許さない! 村によそ者は立ち入り禁止だ! あんたがもしこの女を村に入れるならあたしはこの子達を殺してあたしも死ぬんだからね! それでもいいのか!」
「エルダ、馬鹿な事を!」
と侯爵が言った瞬間に、エルダは手を引いていた子供を引き寄せ、その首を両手で掴んだ。
「嘘じゃないよ。あんたを連れて行かれるくらいなら、この子を殺す!」
「もはや狂人ですね。自分の子供を盾に恐喝とは」
とオラルドが言った。
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