第36話 教会

 馬車が街へ着いたので、私とサンドラは教会の前で降り、最初にそこを訪ねた。

 塀があり広い庭があるが、朽ちた花壇に雑草で荒れ放題だった。

「こんにちは、神父様」

 とサンドラが開いたドアも重くギギギと嫌な音をたてた。

 天井を見上げるとステンドグラスは割れ、木の板を張り付けてあるのが見える。

「こりゃあ、残念な教会やな」

 と私の肩に乗っていたおっさんがつぶやいた。


「サンドラ様、お久しぶりですね」

 と神父様が優しい笑みでやってきた。

「神父様、紹介いたしますわ。ウエールズ侯爵様の奥様のリリアン様でございます」

 とサンドラが言うと神父様は目を大きく見開いて、

「貴方が! そうですか、私はこの教会で神父を勤めるアームと申します」

 と言った。

 銀髪で彫りの深い顔立ち。中年というには若いかもしれないが、侯爵よりは年上だろうと思う。

「ではクラリスとトムも事もご存じですか?」

「ええ、サンドラ様から聞いておりますわ」

「あの子達がいるからここのみんなも頑張れるのです。ここで貧しい暮らしをしていても、正直に生きていれば、サンドラ様の様な方に信頼して側に置いていただけるのです。自分達で働いて糧を手に入れるようになれば飢えたり、病気の心配もなくなります。クラリスは給金の中から食料を買い、トムがそれをここで料理してみなに食べさせてくれて、本当にありがたいことです。最近、見ないので心配していましたが、侯爵様が御結婚されたのならお屋敷もお忙しいですよね」

「え、ええ、まあ、ちょっと……牢……ゲフンゲフン……」

 牢屋に入ってます、なんて言ったら恨まれるだろうな。

 教会の中もすきま風が吹き、寒々としていた。

 説教を聞きに来る信者たちが座る椅子にも薄い毛布にくるまった子供が寝ているのが見える。

「ケフン、ケフン」

 と咳をしている。

 近寄って覗き込むと、身体がガタガタと震えている。

 額に触れてみると確かに熱がある。

「お医者様には診せたの?」

「いえ、薬草を煎じて飲ませています……」

 と神父様が辛そうに言った。

 金か……世の中金か……


「ヒール」と唱えると、ぱああっと光が子供を包み、少し息が楽になった。

「おおおお、あなた様は、治癒魔法が!」

 と神父様が感動しているが、

「ええ、ですが怪我は治りますが、病気には効かないのです。体力を回復するだけ。この子に必要なのは栄養のある食事と暖かで清潔な寝床ですわね」

 辺りを見渡すと元気そうな子もいるが、やはりぼろぼろの服を着て痩せこけている。

「しまったわね。何も考えずに思いつきで来てしまったわ。サンドラ様、あなたいくらか持ってる? 私、手持ちのお金はないわ」

「すみません、私も……」

 とサンドラが言った。

 確かに屋敷での衣食住は確保されているが、もうノイルもサンドラも自由になるお金はない。侯爵に厳しく言われ、監視の目がついたからだ。お金が欲しければ監査役に頼んで出してもらわなければならない。それには数十枚に及ぶ理由書を書かなければならない。

「神父様、お金でなく申しわけありませんが、これを」

 手持ちのイヤリングとネックレスを外して神父に差し出す。

「これを教会に寄付させていただきますわ」

「奥様、ありがとうございます!」

「少し、教会の中とか庭とかを見せていただいても?」

「どうぞ!」

 神父様は渡した装飾品を大事そうに抱えてうなずいた。


 教会の中はどこもぼろぼろで神様の寝泊まりする部屋でさえすきま風が吹いていた。

 神父様のベッドで赤ちゃんが寝ていて、それを小さな女の子が二人で世話をしていた。

 だが教会自体は大きくて部屋はたくさんあった。

 寒いから身を寄せ合って集まって寝ているのだろう。

 庭も広く、日当たりもいい。

 最後に教会にいる子供達を集めて、治癒魔法をかけて体力だけは回復した。

 空腹は満たせないけど、青ざめていた顔が少し赤くなって笑みが出たのが幸いだった。

「神父様、次に来る時は食料とか日用品を持ってまいりますわ」



 そして私達は街へ出た。

 街は賑わっていて商店には人が溢れていたし、露店にもたくさんの客がいた。   

 食堂、宿屋、花屋、武器屋、防具屋、鍜冶屋、おー、マジで小説や漫画で読んだままの異世界だ。冒険者っぽいパーティも歩いてるし、騎士のような格好の人もいる。色っぽい女が宿屋の二階から窓の外を歩く紳士に手を振って営業している。 

「街自体は活気があるのね」

「そうですね。親さえいれば貧しくとも何とか生きていけるんですが、親に捨てられた子供達はどうしても」

「そっか、子供には教育と仕事が必要よね」

「ええ、そうなんです」


 街への訪問は昼を過ぎていたので、屋敷へ戻る頃にはもうすっかり暗くなっていた。

 戻ったその足でノイルが仕事をしている書斎をのぞきに行ったがすでに姿はなく、新しい家令のオラルドに聞くと、

「あの方は侯爵様がお戻りになるまでの手伝いの方と心得ております」

 と答えた。

 オラルドはすごい若くて綺麗な眼鏡男子で、王国でも国王付の文官だったのだけど、侯爵が引き抜いたらしい。そんな事が出来るのかどうかは分からないけど、オラルドは「侯爵様のお側にいられるなら、仮病でもなんでも使える手は何でも、ふふふ」みたいな事を言ってたので、怖いからあまり近寄らないようにしよ。

 結局、ノイルはそんなに真面目でもなく、書斎をうろうろしてたら面目たつしいいや、みたいな甘ちゃんに変わりなかった。


 私はその夜、侯爵に長い手紙を書いた。

 それを封筒に入れ、印を押した。

 届ける方法についてはおっさんが豆知識をくれたので、利用する。

「おっさん、準備出来たけど、これでいいの?」

「うん、そんでええ。次兄のドゴンに貸してみ」

 私は窓際でスクワットをしているドゴンにその封筒を渡した。

 ちっちゃなドゴンはその封筒の上にちょこんと座り、

「ほな、にいちゃん、行ってくるさかいな」

 と言った。

「おう、帰りに伯爵家に寄って、妹達の様子も見てきてくれな」

「よっしゃ。ほな!」

 と言ってドゴンが封筒ごと消えたのだが、それにびっくりするべきか、おっさんの妹達にびっくりするべきかを悩んで、対応が遅れてしまった。

「え、ドゴンおっさんが手紙を侯爵様に届けてくれるの?」

「そうやで、ドゴンは空の妖精やから、どこへでも飛べる純白の羽を持ってるからな。いや、実際王都まで飛んで行くんちゃうで? そんな魔法やがな」

「そ、空の妖精なの?」

「そうや、わしらは妖精王の直系やぞ? ちなみにわしは大地の妖精、末弟のデゴンは海の妖精やから」

「マ、マジか~~」

「あとはまあ、細かく、どこそこの森の妖精とか、海域によっても担当する妖精いてるけどな。みんなどっかに所属してんねん」

「え、じゃあ、忙しいじゃないの? こんな一領土に関わってていいの?」

「あ、かまへんかまへん、わしら47兄弟姉妹やからな」

「え、そんな。47都道府県みたいに……まあ、でもありがとう。おっさん達が一緒にここへ来てくれて助かったし、心強いわ」

「そやろ? 魔法玉で労ってくれてもええで?」

「はいはい。配達してくれたドゴンおっさんには帰ってきたら特別に大きなのをプレゼントするわね」

「よっしゃ、あいつも喜ぶで」

 魔法玉大を二個出すと、二人のおっさんは喜んでそれに飛びついた。 

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