第35話 サンドラ

 侯爵が文字通りに弾んだ足取りで王都へ出かけた翌日、私はノイルとサンドラを牢から出した。侯爵には了解を取ってあるし、今まで何不自由なく暮らしていた二人に軟禁生活は窮屈で不安な日々だったろうと思う。


「リリアン様、こんなに早くお許しいただいて温情を感謝します」

 よっぽど応えたのだろう、二人は早速私の所へ挨拶に来た。


「ガイラス様は騎士軍の任務で王都へお戻りになり、しばらく留守になさるわ。ノイル様、ガイラス様が新しくお雇いになった信頼のおける家令と領地管理の総監督の方が書斎でもうお仕事を始められてます。そちらであなたも学び、仕事を覚えるようにと言いつかっておりますわ」

「分かりました。すぐに」

 ノイルは礼儀正しく一礼をして部屋を出て行った。

「サンドラ様、あなたにはお話しがありますの。少し、よろしい?」

「はい」

「おかけになって」

 サンドラが座ると、サラが暖かい茶を持ってきて差し出した。

「サラ」

 とサンドラが言い、

「何でしょう」

 とサラが答えた。

「あなたにも悪い事をしました。許してちょうだい」

 サンドラの謝罪にサラは驚いたような顔で、

「い、いいえ、サンドラ様。メイドにそのようなお言葉は不要でございます」

 と言い頭を下げて部屋を出て行った。。

 

 まあな、侯爵家の者がメイドに許しを乞うなんて、ないわな。

 この時代、貴族なんてえらそうにいばりくさる……


「リリアン様、お話とは何でしょう?」

 軟禁生活でサンドラはすっかり痩せて細っていた。

 元々華奢で、なんか幸薄そうな顔してたけど、ますますなんか印象薄い。


「あなたのメイドのクラリスの事なんですけど」

「クラリスがまた……何か……?」

「いえ、どういう子なのかと思って。侯爵家のメイドにしてはその粗野というか粗暴というか。そしてあのコックのトムだけど、やけにあなたに忠誠を誓っているような言動なのだけど?」

「あの子達は……私が拾ったのす」

「拾った?」

「ええ、リリアン様、ウエールズ領はわりと裕福なんですけど、やはり貧しい人間もいますわ。働けば金銭は手に入りますが、働かず、賭け事をして遊んで暮らすという人間はどこにでもおります。そんな人間は子供を産んでも自分達で育てようともせず、道ばたに平気で捨てるのです。こちらのお屋敷から南へ行った所にデールという町があります。そこには教会があって、立派な神父様がそんな捨て子達の面倒見ているのですけど、教会も貧しく、食べていくだけで精一杯、そしてどこからか噂を聞きつけ、他の町や隣国からも子供を捨てにくるんです。クラリスとトムはそこで育ちました。教会では十歳になると働き口を見つけて自立せねばなりませんが、手に職もなく、何の技能もない二人はやはり物を盗んで暮らすしかかったのです。トムは一度、冒険者になろうとしたみたいですが剣も使えず、もちろん魔法もないのでは、命からがら逃げてくるので精一杯ですわ」

「そうなの。それであなたがここで雇ってあげたのね?」

「ええ、私は五歳からここで暮らしていましたし、教会へ時々神父様の説教を聞きに通ってましたの。ですから昔からあの子達を知っているのです。粗暴な子達ですが、私の為にリリアン様にあのような態度で……私も……ノイル様も……本当に申し訳ありません」

「そうなの」

「私が言える立場ではございませんが、あの子達の命だけはお許しくださいませんか」

 とサンドラが言い、幸薄げな彼女が儚く消えてしまいそうな感じだった。

「なるほど、だからあんなにあなたに忠誠を誓うのね。あなたの事を心配していましたわ。まるで私が悪役よ」

「申し訳ありません……」

「ねえ、ノイル様は一日中お仕事でしょうから、あなた、暇なんでしょう? 私にデールの街を案内してくださらない? 私も教会に行ってみたいわ」

「は、はい、それはかまいませんが」 

「じゃ、早速、行きましょうか。セレン、サンドラ様と出かけるから馬車を用意するように言ってちょうだい。サラ、着替えるわ。サンドラ様も着替えたら玄関に集合ね!」」

「「「はい、リリアン様」」」

 と三人の声がまたハモった。


 デールに着くまでの馬車の中で、私はほんの少し感じた違和感をサンドラにぶつけた。

「ねえ、あなた、孤児院にいる子供に同情して職を与えてあげられる貴族なんてそうそういないわ。そういう教育プログラムは必要だと私も思うけれど。私情で貴族の屋敷にメイドとして召し抱えるなんて誰もしない。せいぜい金か食べ物を与えるくらいよ? よっぽど心が優しい人でない限りね。でもあなたはガイラス様の留守にノイル様と好き放題、贅沢三昧していたんでしょう? ガイラス様はノイル様の作った借金を大変お怒りになってたわよ? でもなんかあなたって幸薄そうで、地味そうで、贅沢好みでもなさそうなのに。何の贅沢をしていたの? これは叱ってるんじゃなくてたんなる疑問だから。あなたに二面性があるって言うなら答えはそれでいいんだけど」

 馬車はごとごとと進みながら揺れている。

 サンドラはしばらく考えていたが、

「それは……おっしゃる通りですわ。ただの私の気まぐれで。私はノイル様と……遊び暮らしていました」

 と消え入りそうな声で言った。 

「じゃあ、お聞きするけど、私が侯爵家へ来た時にあなたが住んでいた部屋、奥の方の不便な塔で地味で暗かったじゃない? どうしてあんな所でいたの? 派手で遊び暮らすような人なら、正妻用はともかく、もっと豪華な客用の塔だってあるじゃない。侯爵家ですもの、シーズン毎にパーティもするでしょうし。身分の高いお客様もいらっしゃるからもっと豪華な部屋がいくつもあるでしょうに」

「わ、私は幼い頃からあの部屋に住んでますから……ちょうどいいのです」

「ふーん、まあいいわ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る