第34話 治療
昼食を取った後、侯爵は再び王都へ赴くと言った。
「アラクネから参考になる死霊王の話が聞けたから、それを軍会議にかけてみようと思う。またしばらく留守にするが許してくれ」
「構いませんが、お体をお大事になさって下さい。足の具合はいかがです?」
なるべく見せないようにしているが、侯爵はかすかに右足を引きずっているように見えるからだ。
「足は大丈夫だ。どうもみっともない話だが。仕留めた魔獣が破裂して、その破片が足の奥、神経に刺さっているようなんだが、どうしてもそれが外科手術では取れないんだ。傷は回復薬で治るがその破片そのものは除去できないようだ」
この世界では魔法や不思議アイテムが充実しているが、外科的医療は遅れをとっているようだ。
「そうですか……少し、私に診せてもらってもいいですか?」
部屋を移動し、ソファに横たわった侯爵のズボンをめくり上げ、ふくらはぎを見る。
さすがに軍人だけあって、筋肉隆々、かっちかち、もうなんかね岩みたいな足のふくらはぎ。私はそこに手をかざす。
ステイタスブックを取り出し、魔法、治療、傷、痛みなんかのページを探す。
「治療魔法の項の……き、傷、体内にある異物を排出するには……癒やしの手……手?」
ボッと手が銀色に光った。なんだこれ、これをかざすのか?
手を侯爵の足にかざす。
「傷自体は完治されてますね。どの辺りですか?」
「痛みは膝の下で、ずっと痛い訳ではないんだが、急な動きや寒さに痛む」
「そうですか」
侯爵の膝の下辺りに手をかざすと、血管が細すぎて分からない腕に照射すると血管が黒く写る機械を使った現象、みたいになった。あんな感じで皮膚の上に血管と筋肉、それに骨が浮かび上がった。この銀色の魔法っぽいやつ、近赤外線なのかな?
それを場所を変えて見たりしてると、あった、あったよ。破片のような明らかに異質な物がめり込んでる。すでに肉が破片を取り巻き、埋もれている。
「あったけど、どうしたらいいのかしら。取れないかしら」
それに抜き出すイメージを与えると動いたのだけど、侯爵がうなった。
「ご、ごめんなさい、痛いですか?」
「大丈夫だ……もし、治療をしてくれるならそのまま続けてくれたほうがありがたい」
「分かりました」
素早く、それを動く様に念じると共に、ヒールの魔法を掛ける。
痛みと同時にヒールは難しいが、きっとやれる。
「わ、すごいな、リリちゃん、手術してはんで」
「そんなんまで出来んのやーさすが-」
おっさんたちが集まってきて、野次馬やってる。
旗持ってフレーフレーとかやってるから、ちょっといらっとする。
「いっ!」
と侯爵が言った時に、すでに魔獣の欠片は皮膚の下すぐそこまで上がって来ていた。
おっさんが気を利かして侯爵の顔の汗を拭いていたが、ちっさいおっさんのハンカチなんて侯爵の汗のつぶより小さいわ!
「つ……」
「もうすぐですから、頑張ってください!」
「大丈夫だ、ずっと痛いわけじゃない。一瞬、痛みが来てすぐ治まる」
「もう終わります」
最後はもしかして痛いかもしれないけど、私はぐいっと最後の一撃で体内にあった異物を抜き取った。鋭い欠片がずっと足の中を切り裂きながら、出てくるのだから違和感があっただろうな。皮膚が破れ、真っ赤な血と白い尖った破片が出てきた。
すぐにヒールをかけて、破片が出てきた傷そのものを治す。
「わ、結構大きな破片ですね。魔獣の牙かなんかで……ててっ」
急にぎゅうっと抱き締められて、焦った。
「ガイラス様……」
「ありがとう……心から感謝する。本当に本当に感謝する。まだ現役で戦えるはずの年に引退を勧められ……少し自棄になっていた……」
「侯爵様」
侯爵は強くぎゅっと私を抱き締めて、
「これで心残りなく最後の戦いに行ける」
と言った。
「死霊王を倒しに?」
「ああ、皆の足を引っ張らないか、いざと言うときに動けないのでは、と思っていた」
「心残りなくなんて言わないでください。私を置いて行く事は心残りじゃないんですか!」
と言ってみた。
侯爵は腕を緩め、私の顔を見た。
「確かに君を置いて行くのは心残りだ。まだその美しい身体を自分の物に出来ていないんだからな」
と言って笑った。
「では死霊王を討伐して無事に戻ってきたら、ご褒美に私を好きにしてくださってもよいですわ。もし、あなたが戦死したら、私はすぐに再婚いたしますから。あなたを思ってさめざめ泣くなんてしませんから! ですからどうか、ご無事で」
「分かった。残した君が私を思い、一人で泣き濡れるのは耐えられない」
「な、泣かないですから!」
「本当に君って人は……驚かされてばかりだ。優秀な魔術師で美しく優しい。自慢の奥様だ」
侯爵はそう言って私の頬にキスをした。
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